202.芸術の革命
「何かありましたら、遠慮無く頼らせて頂きます」
そう言っておく。
いや実際にもやるよ?
コネはないよりあった方がいい。
しかもそのコネ、もう太いとかいうレベルじゃない。
列強と言って差し支えない大国のトップが「何でもしてやる」と言っているんだよ。
逃す手はない。
「親善大使館は閉めるが連絡事務所という形で駐在員を置いておくから」
「直通連絡は維持しますので」
はいはい。
家賃は払ってくれるそうなので歓迎でございます。
そして母上と祖母上は去って行った。
なぜか、その直前に地方視察から戻った国王陛下ご夫妻と帰国した王太子殿下ご夫妻が見送られた。
絶対、裏で組んでるな。
「テレジア公爵、ご苦労であった」
「お心のままに」
心にもない言葉を吐いておいたけど、陛下は苦笑されただけだった。
やっぱり一国の支配者とか演っていたらみんな腹黒になってしまうんだろうか。
というよりはむしろ、もともと腹黒だからやれているというべきか。
まあいい。
ハイロンドとライロケルの話はいったん封印することにして、数日後に陛下に呼ばれた私はご不在の間の出来事や経緯を報告した。
もちろん陛下はそんなの全部知っているはずだけど、こういうのは形式だから。
「それからミストア神聖国からの公使がおいでになられて」
「そうか」
陛下はちょっと難しい顔をなされた。
隣に控えている宰相閣下にちらっと視線を送る。
「報告は受けております。
かの国は少し特殊な方法で次代の支配者を選ぶと聞いております」
「それがテレジア公爵とどう関係するのだ?」
「詳細は不明ですので、現在調査中で」
王政府も把握してなかったのか。
さすがに桃髪がどうとかいう話は広まってないみたい。
あれ、どうもマル秘情報臭かったものね。
「何でも私のこの髪が関係するようでございます」
ヅラ疑惑をかけられたことも報告しておく。
「確かにその髪色は珍しいが」
「数代前のサエラ男爵にミストア出身の方が嫁いだとのことで」
「そういえば前サエラ男爵もその髪でしたな」
宰相閣下、よく知ってるね?
私も母上に聞くまでは知らなかったのに。
「特に申し出はなかったと?」
「私がミストアを訪問すれば国賓待遇で迎えると言われましたが」
「そうか」
するとずっと黙っていた王太子殿下が言った。
「ミストアも訪問しましたが、その神託宮という組織については初耳です」
そういえば王太子殿下ってご夫婦で外国に行っていたのよね。
情報収集していたと。
物見遊山じゃなかったのか。
「教皇猊下には会えたのであろう?」
「はい。
教務庁の主立った方々にもご挨拶は出来ましたが。
真の支配者が別にいたとは」
王太子殿下は悔しそうだった。
化かされたということね。
さすがは神聖国。
「そういえば報告書がまだだったな。
ここで概略を聞いておきたい。
宰相とテレジア公爵も聞いておけ」
「御意」
「お心のままに」
やっぱり陛下って侮れない。
どうしても私を巻き込むつもりらしい。
たかが元男爵家の庶子でその前は孤児なのに。
「それでは」
王太子殿下は親善旅行の名目であちこちの国をスピード訪問してきたそうだ。
いずれテレジア王国を継ぐ者としての顔見せという名目で。
実際にはテレジア公爵の叙任についての各国の反応を探るためだったらしい。
「どの国もテレジア公爵ご自身についてはそれほどの関心は観られませんでした。
公爵位とはいえ他国の一貴族のことと捉えているようで。
ですがハイロンドの沈黙の龍とライロケルの影の女帝が揃ってテレジアに赴いたあげく、長期滞在しているという情報には多大な関心を」
母上と祖母上って、本当にそんな二つ名があったのか。
私の前世の人の世界で言う厨二病という奴か。
「あの方々は公にはむしろ対立しておられましたからな。
ハイロンドとライロケルが同盟を結んだのではないかという噂が飛び交っております」
宰相閣下が単調な口調で口を挟んだ。
「まだ、テレジア公爵との関係は広まっていないと?」
「半信半疑というところでしょうか。
いずれは」
嫌だなあ。
私が国際的に庶子だとか孤児だとか広まるとか。
今さらどうしようもないけど。
「ゼリアはどうか」
「静観しているようです。
現時点では実質的な関係はありませんから。
もっともいずれは」
「そうであろうな」
「あ、それから」
王太子殿下が付け加えた。
「テレジア公爵が始めた例の歌劇の噂が急速に広まっているようです。
芸術の革命ですとか破壊だとかの意見が入り乱れて」




