200.カリーネン家
もちろん、そんな外野とは逆に私の周囲は急速に力をつけている。
例えば例の歌劇だけど、人気に惹かれた他の劇場や劇団から依頼が来たとかで、新しい演題で開催されることが決まったらしい。
例によってその演目は私が適当に語った夢物語が原作だ。
もっと詳しく、という要求が五月蠅いので、ライラ様の実家であるシストリア侯爵家で演目を供給する事業を立ち上げて貰った。
私は顧問みたいな立場で、実際の業務はシストリア家が行うそうだ。
まあ、ライラ様、じゃなくてテレジア公爵家の侍女見習いなライラがいるからね。
ちなみにライラはテレジア公爵家の侍女見習いを続けながら、その事業に出向という形になった。
肩書きが重要なのよね。
どんどん使って下さい。
演目については私の前世の人が覚えている荒唐無稽な物語を一通り提供しておいた。
実は、まだいくらでもある。
私の前世の人の世界って娯楽が溢れていたみたいなのよね。
歌劇には向かないような陰惨な話や主人公が巨大なゴーレムに乗って戦うようなお話もある。
田舎の村で燻っていた若者が何の気なしに都に出てきて出世する話や、ある日突然空から魔王が降ってきて世界を蹂躙する話とか。
狂った機械人形が人類を滅ぼしそうになっている世界で、その発生を阻止するために時間を越えて過去に戻った英雄の話とか。
使えないよね? と思いながら話したら食いつかれた。
歌劇にはならないけど、庶民向けの演劇では大受けしそうだということだった。
私は知らんから好きにしてと言ってある。
テレジア家の侍女見習い集団が立ち上げた学院の新研究室開設のお話も順調に進んでいるらしい。
宰相府を通じて王政府の許可も出て、私を特任教授とする組織が立ち上がったと聞いた。
私は関わってないけど。
テレジア公爵家が資金の大半を出すというだけで、私は教授と言っても名誉職だ。
実際の活動は侍女見習いたちを含めた識者が行うそうで、その人選も進んでいる。
私は知らないけど。
そういえば、随分長い間音信不通だったエリザベスがようやく現れた。
と言っても単独じゃなくてお父上のカリーネン男爵のお供としてだった。
「テレジア公爵である。
発言を許す」
「テレジア公爵殿下におかれましては本日も麗しく」
面倒くさいけど、そういう決まり事だから(笑)。
男爵とは適当に話をして、その後私的な会合ということでエリザベスを招いてお茶をした。
「マリアンヌ様におかれましては」
「止めて」
エリザベスは笑って姿勢を崩した。
「良かった。
変わってないね」
「当たり前でしょ。
私の正体を忘れたの?
男爵家の庶子で元孤児だよ?」
「それにしては武勇伝が凄くない?
学院では未だに貴方のお話が絶えないくらいよ」
あー、それはそうかも。
何せ下位貴族の令嬢がいきなり公爵位持ちだもんね。
出世どころの話じゃない。
下手したら貴族の秩序が崩壊しそうな衝撃だったのでは。
「そうでもない。
やっぱりとか、貴方だったら頷けるとかいう意見がほとんどだった」
「そうなの?」
にわかには信じがたいけど、エリザベスが言うのならそうなんだろうな。
「だって貴方、この騒動の前から歌劇だの何だので目立っていたじゃない。
高位貴族家と対等に付き合っていたりして、みんな薄々感じていたのよね」
「何を?」
「貴方がただ者じゃ無いって。
もっともいきなり公爵というのは予想外だったけど」
エリザベス自身は全然予想外じゃないような表情だった。
「あなたは?」
「私?
うん、最初は何なのかと思っていたんだけど、調べていくうちに裏にもの凄いものがあることが判ってきて。
予想はしていた。
いつか貴方は高みに登るだろうって。
でもまさか、ハイロンドやライロケルが後ろ盾になるとまでは思わなかった」
そうね。
母上や祖母上の存在自体がテレジア王国の常識を突き抜けている。
ましてやそれが私の血縁だとか、予想なんか出来るはずがない。
「舞踏会での騒ぎも聞いたわよ。
血まみれ公爵って何よ」
「私が自分で言ったわけじゃないわよ」
あれは偶然というか、あの何と言ったかの女衒が鼻血を吹き出したのが悪い。
おかげでドレスが廃棄処分になってしまった。
「……ところでエリザベス」
「なあに?」
「貴方、これからどうするつもり?」
聞いてみた。
ちょっと不安だったから。
お話ししてエリザベスが変わってないことは判ったけど、公爵になってしまった私と今後もつきあってくれるかどうか。
カリーネン家は富豪ではあるけど男爵なのよ。
公爵とは直接付き合えないのでは。
「それね」
エリザベスも真面目な表情になった。
「私からも聞きたいのだけれど、貴方、というよりはテレジア公爵家はカリーネン家なんかと取引してくれるの?」
「難しいと思う」
そう、家令にそれとなく聞いてみたんだけど、そもそもテレジア公爵家は爵位や領地が王家預かりだった。
爵位はともかく領地はこれまで王領として存在していたわけで、伯爵家相当の規模だから領地としてそれなりの取引や交易をやっていた。
それはテレジア公爵領になったからといって、いきなり変わったりしない。
既得権という奴で、既に過不足なく取引相手が存在している。
そこに、いくら私の親しい友人の実家だからといってカリーネン男爵家が割り込むのは難しい。
だってそれ、私個人の関係でしかないから。
出来なくはないけど、無理矢理やったら反発を食らう。
「正直言って、テレジア公爵領自体は無理だと思う。
でも私というかテレジア公爵は今のところ何もない。
だから」




