199.偏見
何か奥歯にものが挟まったような言い方ね。
ええと、まとめるとこうなる。
ミストア神聖国は一見、法皇とやらをトップとする宗教国家なんだけど、実はその上に神託宮という組織がある。
その組織に所属している巫女とやらが最高権力者で、その巫女は桃髪持ちだ。
いや絶対というわけじゃないか。
で、テレジア公爵が桃髪持ちなので是非ミストアに来てくれと。
行ってどうするのか判らないけど、国賓待遇で迎えるというんだから尋常じゃない。
「雲を掴むような話だな」
「申し訳ありません。
これ以上は国家機密でございますのでお許しを」
ならしょうがないか。
これ以上は何も聞き出せそうに無いので下がって貰った。
ミストア神聖国の公使さんたちも、とりあえずテレジア公爵が桃髪持ちだったことを確認したことでお役目を果たしたことになるらしい。
今後の方針はミストア本国の指示を受けてからになるそうだ。
その後、なぜか公使様は急いで帰国したんだけど、レッダさん他数人が残って何か調査をするということで離宮に滞在したいという請願が届いた。
私は家令に相談した上で許可しておいた。
テレジア王国自体とはあまり関係なさそうだし、私自身に関わることみたいだから、目の届くところにいてくれた方がいい。
幸い、離宮はまだ部屋が大量に余っている。
これから侍女見習いさんたちが人を集めたりするだろうけど、現時点ではガラガラなのよね。
もっとも母上と祖母上の親善大使館とやらは小規模ながら活発に動いているんだけど。
あれもこれも王政府とはあんまり関係なさそうだから、王宮に押しつけるわけにもいかない。
面倒くさそうなことはとりあえず忘れることにする。
それでなくても次から次へと書類は持ち込まれるし、私に会いたいという人たちは押し寄せて来るし。
たまりかねて王政府や王宮に直訴しようとしても、国王陛下と王妃様は地方視察の予定を延長したとかで戻って来ないし、宰相閣下はのらりくらりと逃げるし。
王太子殿下に至っては王太子妃様と一緒に諸国漫遊の旅に出たと言われてしまった。
私の前世の人が覚えている物語に似たような話があったっけ。
何でも国の偉い人が身分を隠して諸国を回って不正を正すとかいう。
テレジア、大丈夫?
定期的に尋ねてくる他の公爵家の人に愚痴ったら「まあまあ」と宥められた。
そう、テレジア王国の公爵家ってなぜだか皆さん仲が良い。
しかもぽっと出の私なんかにも友好的で、順番で話し相手になってくれるのだ。
具体的には一緒に昼飯を食べている。
公爵殿下ご自身がわざわざ訪ねて来てくれるので無下にも出来ず、私がお相手しているんだけど。
残念ながら乙女ゲーム的なイケメンどころか美熟年でもなかった。
皆さん揃って高齢者。
「テレジアの公爵位は閑職での」
スラビア公爵家の当主と名乗ったご老人が教えてくれた。
かつてはイケオジで、その前はイケメンだった事が覗われる容貌だったけど、いかんせん私の祖父の世代ではね。
「基本的には陛下のご意見番じゃな。
積極的に何かする、ということはない。
それは侯爵以下の家臣共の仕事じゃ」
「そうなのですか」
「だから公爵はギリギリまでその立場に留まる。
何かやりたいと思う者はよそに婿入りしたり独立したりする」
なるほど。
テレジア王国の政情が安定しているのはそのせいか。
公爵家に野心がないからその下の貴族たちも担ぎようがない。
侯爵位以下の貴族は実質的な権力を持てるけど、国王にとってかわるにはハードルが高すぎる。
公爵を全部味方に付けるか、あるいは殲滅しなければならないからね。
だから王立貴族学院みたいな機関が存在出来ている。
あんな組織、普通の封建国家だったら絶対反対派の貴族が出て潰されているよ。
「だからこそ、御身には期待するところがある。
どうやら安穏としていて良い時代が終わりかけているようじゃからな」
不吉な事を言いますね。
でも確かに。
学院で一応、王国史や世界史の講義を受けた上で、テレジア公爵になって各国の人たちとお会いしてから何となく判ってきたんだけど、今世界的に激動の時代に差しかかりつつあるみたいなのよね。
具体的には各国の国力が激変している。
今まではぱっとしなかったような国が突然伸してきたり、強力だった国が衰退したり。
その背景には技術革新や政治的文化的な発展がある。
そして、一番の原因は他の大陸からの接触だ。
こっちの探検船が持ち帰ってきた情報や、よその大陸の諸国が派遣したと思われる船がもたらす情報や物品が諸国の意識を変えつつあるというか。
何で元男爵家の庶子がそんなこと知らされなければならないのか釈然としないけど、どうも国王陛下の勅命ってそれに関係しているらしくて。
もちろん陛下や王政府も対応に努めるんだけど、暇? なテレジア公爵にそれを押しつけてやれと言うような気配がある。
「御身はまだ若い。
だからこそ、出来るのではないかな?」
ほっほっほっと笑う公爵様。
腹黒老人めが!
まあ、ぼやいても始まらない。
私はそれでなくても危うい立場なのよ。
公爵位を押しつけられたと言っても私自身は元男爵家の庶子で、さらに言えば孤児院育ち。
王家や王党派の高位貴族家の大半は私を認めているらしいけど、そうじゃない連中がまだたくさんいる。
私が王都に出てきた時、ミルガスト伯爵家のタウンハウスにではなく使用人宿舎に住む羽目になった原因は、ちょうどその時タウンハウスに宿借りしていた元伯爵様とやらだった。
身分や出自を重視する貴族だったらしくて、元孤児の庶子なんかと同宿したくないと駄々をこねたらしい。
おかげで私は毎朝井戸水を被ることになったんだけど、それはもういい。
問題は、ここまできてもまだ私なんかが公爵になっているのは納得イカンと言っている貴族がたくさんいることだ。
ハイロンドの王太后やライロケルの皇妃が私の身元を保証していてもそうなのよね。
庶子で孤児だったんだろうと。
もちろん面と向かって言われたことはないし、そもそもそういう連中とは接触しないんだけど、噂としては伝わってくる。
「殿下を一目見れば、そんな妄言は消し飛ぶと思いますが」
グレースなんかはそう言うけどどうかな。
偏見って事実を突きつけても晴れないことか多い。
もう精神に刷り込まれていて、一生そのままだろうね。




