198.巫女
「お父上……私共で調査したところ、テレジア王国のサエラ男爵家の当主であられたとか」
「そうだが」
何なのよ。
私が庶子だと言いたいわけ?
じゃなさそうだけど。
私が密かに怒っているとエバンレ殿に促されたらしい人が進み出た。
女性だ。
「ミストア神聖国教務庁のレッダと申します。
ミストアで調査しましたところ、数代前のサエラ男爵家に当国の女性が嫁いでおります。
ラウンデル家のミミファと申しますが……そのことについては?」
「寡聞にして」
知らないって。
そもそも私、父上のことすらよく知らないのに。
知ってるのは私と同じ桃髪だったことだけで、それも母上からの伝聞だ。
自分では見たことも会ったこともない。
「さようでございますか」
頷くエバンレ殿たち。
それから全員が姿勢を正した。
「申し上げます。
ぶしつけで申し訳ございませんが、マリアンヌ様におかれましては是非とも一度ミストア神聖国をご訪問して頂きたく。
国賓待遇で歓迎させて頂きます」
はあ?
いきなり話が飛んだけど、私の父上と何の関係が?
ていうかあれ?
ひょっとして。
「……理由を伺っても?」
「失礼致しました。
話が長くなりますが、ご予定は大丈夫でしょうか」
ちらっと家令見習いを見たらかすかに頷かれた。
空いているみたい。
「問題ない」
言ってから気づいてソファーに腰掛けて貰う。
「それでは失礼して」
エバンレ殿とレッダさんが坐ったけど、他の人達はなぜか部屋を出て行ってしまった。
人払いされたか。
何かあるのか。
まあいいけど。
グレースの指揮でお茶が配膳され、会談モードになったところでエバンレ殿がおもむろに話し始めた。
「マリアンヌ様はミストア神聖国については?」
「一通りの事は。
国王や貴族の代わりに教会の役職者が統治なさっておられるのは知っている。
だが詳細には」
だって私、単なる公爵だし。
別に政府に関係しているわけでもないし、よその国のことなんか知らないよ。
「それでは。
ミストア神聖国にはご存じの通り、いわゆる王や貴族は存在しておりません。
政務は神聖省配下の政務庁が行います。
とはいえこれは政府ではございません。
国家元首に当たる役職者は教皇猊下でございます」
やっぱり私の前世の人の世界にあったバチカン市国みたいな国だ。
国なんだからお役所は必要なんだけど、そこは事務処理しかしてないみたい。
政治は教会の偉い人が担当するんだろうな。
「公にされてはいませんが、教皇猊下も最高権力者というわけではありません。
その上に、と言っては不正確ですが、国家の意思決定機関として神託宮がございます」
「そうか」
未だに何を言いたいのか判らない。
だからどうだって言うのか。
「ミストア神聖国は、実のところこの神託宮の意思を実行するための組織でございます。
そして神託宮を司る巫女がすべてを決定します」
「なるほど」
何かヤバい方向に進んでいるような?
宗教国家だから教祖がいるのか。
「巫女は世襲ではございません。
ミストア神聖国は、初代の巫女が周囲の協力を得て立ち上げた国でございます。
その巫女はあらゆる階層から選ばれます」
何それ。
私の前世の人が読んでいた乙女ゲーム小説における聖女とか?
え?
まさか。
「その巫女は」
「はい。
代々、巫女は桃髪をお持ちの方が就任致します。
もし現れない場合は空位になります」
絶句。
何なのよそれ。
桃髪というだけで最高権力者になれると?
「……不思議な方法だな」
変だろ、という意思を込めて返す。
すると公使殿は重々しく頷いた。
「もちろん、ただ髪の色だけで選ばれるわけではございません。
巫女としての資質が重要いや必須でございます」
「それが桃髪と関係していると?」
「はい」
応えたのはレッダと名乗った女性だった。
「ここで申し上げるわけには参りませんが、ミストア神聖国の巫女となるには条件がございます。
必ずしも桃髪を持つ方にのみ発現するということではありませんが、桃髪の方はその確率が非常に高いとされております」




