193.傷物
なるほど。
王女ならそれこそ伯爵級の貴族の子女がお付きになりそうだ。
私にもそのうち付くかも。
「とにかく、そういう理由で働き出したんだが、仕事は主に奥様の話し相手だった。
メイドの仕事をしようとしてもやらせてくれなくて」
判る。
私もミルガスト伯爵家の王都屋敷で使用人の真似事をしていたけど、いつまでたっても不器用でろくにお手伝いさせて貰えなかった。
やはり遺伝か。
「奥方様と私がガゼボとかで談笑していると、そのうちに男爵様が混ざるようになってな。
後で聞いたらちょうど今のサエラ男爵に爵位を譲って引退したところだったらしい。
道理で奥方様も暇だったわけだ。
奥向きのお仕事を次期男爵の奥方に引き継いだ後で、半ば引退していたからな」
「次期男爵様というと私の兄上ですよね?」
「そうだ。
私がサエラ男爵家に居た頃は爵位を引き継いだばかりであまりサエラ男爵領にいなかった。
王都で爵位継承の手続きとか社交とかに明け暮れていたらしい。
そうこうしているうちに前男爵様とご夫人は隠居用の別邸に転居することになって、私もついていった」
それもそうか。
母上の正体? を知っているのは前男爵の奥方様だけだもんね。
あれ?
「その、前男爵は母上が王女だと知らなかったんですか?」
「知らなかった。
と思う」
うーん。
何かヤバくない?
ていうか、それでか。
母上様やその側近は、あくまで前男爵様の奥方付という立場だったんだろうね。
奥方様こそ王家と繋がりがあっても、それ以外は地方の男爵家でしかない。
そんな状態ではコネの使いようがない。
「なるほど」
「サエラ男爵領の端の方に別邸があってな。
隠居用ということで前男爵様と奥方様、それに私とその側近が使用人として移り住んだ。
あまり近くに居るとつい口を出したくなるし、跡を継いだ新しい男爵も頼りたくなるのは拙いということで。
で、そうなってしまったら隠せないから」
「母上の正体を打ち明けた、と」
「というよりはバレた。
それはそうだ。
私や側近の態度を見ていればな。
そこで怪しまれる前に奥方様が打ち明けて」
前男爵様、ショックだっただろうなあ。
何でよその国の王女がメイドなんかやってるんだよ。
しかもその王女、実はテレジアの前王家の落とし胤な上にゼリナ王女の娘だという。
まさしく政治的な爆弾。
出来れば出て行って貰いたいけど、とても言い出せない。
しかもそれ、王家の依頼だという。
どうしようもない。
「まあ、そういうことで男爵様は最初は萎縮していらしたけど、そのうちに慣れて」
さぞかし葛藤があっただろうけど、人間って慣れるものなのよね。
王女だと思うから違和感があるけど、奥様付きのメイドだと考えれば良いと。
まあ、男爵庶子の私がまがりなりにも公爵やれてるんだから不可能じゃないか。
「そういうわけで気楽に過ごしている内に、ハイロンドの宮廷がきな臭くなってきたんだ」
「私が陛下の跡継ぎに加えて次男や長女を産んだため、国王派と反対派の対立が酷くなってきたのです」
祖母上が言った。
「娘はどこに行った、呼び戻せというような意見が双方から出るようになって。
しかも勝手に嫁入りの手はずを整えようとするものまで出て」
「私は某所で花嫁修業をしていることになっていたからな。
そのままだと私不在で輿入れが成立しそうだった」
うーん。
王女なんか政略結婚の手駒でしかないものね。
しかも母上ってハイロンドの王室にとってみたらある意味、他人だ。
適齢期で王位継承権もないし、これほど使い勝手の良い王女っていないのでは。
ああ、それで。
「瑕疵が無いから嫁入りさせられ易いんだったら、瑕疵を作ればいいと思いついた」
母上(泣)。
そんな、パンがないのならケーキを食べればいいというような論理って。
「……それで男爵様と?」
「いやー、ほら私って周りに男の影ってなかったじゃない。
側近の中には騎士もいたんだけど、巻き込むのもどうかと思ってさ。
ていうか一応は誘ってみたんだけど、みんな涙目で土下座するもので」
あー。
それはそうだよ。
お付きの癖に王女に手を出したりしたら、本人だけじゃなくて一族郎党揃って極刑になってしまいそう。
「もうそこら辺を歩いている奴でもいいか、と思いかけた時に奥方様が『良い考えがございます』と」
奥方様(泣)。
もういいです。
何となく判りました。
「前男爵様も最初は拒否したんだけどな。
勅命が出たら観念してくれた。
他国の貴族ならハイロンドの宮廷も口出し出来ないからな。
で、目出度く私は傷物になって御前が生まれたわけだ」
「私も最初は呆れ果てたのですけれどね」
祖母上が上品にクッキーを食べながら言った。
「改めて考えてみたら案外良い手なのではないかと。
もともと娘はテレジアで生まれたのですし血の半分はテレジア人です。
ハイロンドとは本来、何の関係もございません。
王宮に戻ってもどこかにやられるだけだとしたら、このままテレジアで平民として生きるのも有りかな、と」
「私も奥方様公認の男爵様の妾として生きようかな、と思っていたんだが」
母上がため息をついた。
「御前の髪色はともかく王家の瞳が出てしまっては、な」




