191.引きこもり
それにしても王都に国王陛下や王太子殿下がいなくても大丈夫なんだろうか。
「特に問題はございません。
宰相閣下が代理権限をお持ちですし、突発的な問題があれば議会が対応します」
もちろん、その場合には陛下のご帰還を待って再検討になりますが、と家令。
乙女ゲームとは違うな。
テレジア王国は絶対王政の封建国家ではあるんだけど議会が結構力を持っている。
貴族院ね。
議員資格は伯爵以上の爵位持ちであること。
もっとも実際にはその上にある元老院が大体の方針を決めているそうだ。
諮問機関なので国王に助言や提案が出来る。
元老院議員の資格は公爵であること。
これはテレジア王国建国の頃からの法で、王家が暴走しないようにかつての仲間だった公爵連中が制止装置になるための措置だということだった。
テレジア王国法の講座で習った。
何でそんなものを習わされたのかと思ったけど、やっと判った。
私、公爵なのよね。
つまり元老の一人だったりして(泣)。
会議があるというので呼ばれて出席したら、私が何も言えないうちにバタバタと決まってしまった。
「……それでは今回の事案についてはテレジア公爵に一任ということで」
「「「「賛同」」」」
テメェら全員グルだろう!
どうしようもない。
トボトボと離宮に帰ってふてくされていると晩餐に呼ばれた。
ていうか離宮、私の家よね?
何で「呼ばれる」のよ!
「ハイロンド王太后殿下およびライロケル皇妃陛下の御主催ということでございます」
さいですか。
もういい。
大食堂に行くと祖母上と母上が迎えてくれた。
私が主賓で左に祖母上、右に母上だ。
「よく来たな」
「まあ、お気軽に」
ここ、テレジア王国の離宮だよね?
そんでテレジア公爵の居城のはずなんだけど。
臣下や使用人が全員、母上や祖母上についてしまっているのでは。
勝ち目はなさそう。
ということで私は戦略的撤退するのであった。
母上や祖母上の問題は忘れることにして、私は家令が指示してくるテレジア公爵領を引き継ぐためのあれこれをこなしつつ、相変わらず謁見を求めてくる貴族や大商人の方々と面談を続けた。
貴族もこの時点になると単なる顔見せではなく、テレジア公爵領と何らかの関係があったり問題を共有していたりする人たちになる。
当然、お相手も代理とか名代ではなくて爵位持ちご本人だ。
なので私はその度にテレジア公爵の色を染め抜いた豪華なドレスを纏い、アクセサリーをこれでもかというくらい装着し、挙げ句の果ては宝冠に見えなくも無い髪飾りをつけて謁見に臨まなければならない。
しかも、毎回同じドレスでは「テレジア公爵って吝嗇?」みたいな噂が立つということで、常に新作を十着くらい用意しておいて交代で着ている。
贅沢過ぎると言いたいけど「殿下が着用されることで需要が生まれ、職人共が潤い、技術が磨かれ継承され」とか返されたら反論出来ない。
それでもこんなに贅沢して大丈夫なのか、と家令見習いに聞いたら真面目に言われた。
「殿下は贅沢などされておられませんよ。
普通の淑女なら宝石を買いあさったり別荘を建てさせたり豪華な旅行をしたりと散財するのが当たり前です。
にもかかわらず」
テレジア公爵は何もしない無欲な貴族だと評判になっているとのことだった。
「忙しくてそれどころじゃない」
「それはそうです。
殿下は淑女ではありますがその前に領主でございます。
そういった方々は仕事に忙殺されて他には何も出来ないかと」
やっぱり。
確かに別荘だの観劇だの旅行だのって暇がないと出来ない。
社交界にしても私はまだ領主の仕事を覚えるのに必死で何も出来てない。
舞踏会やパーティのお誘いは山のように来ているらしいんだけど。
家令と専任執事に言って全部断って貰っている。
それで評判が悪くなるのではと心配になったけど、私がメチャクチャ忙しい事は周知されているので、当面は問題ないそうだ。
「それに殿下の武勇伝が広まっていますので」
「何それ」
「デビュタント直後に舞踏会で」
あー。
噂に拠ればあれは「血まみれ公爵事件」と呼ばれているそうな。
いや、あの血は全部無礼なイケメンのもので、しかも大部分が鼻血だったはずだ。
まあドレスに派手に血が飛び散っていたんだけどね。
結局、あのドレスは廃棄するしかなかったと聞いた。
もったいない。
それにしてもこの忙しさ、どうにかならないものか。
つい愚痴ったら家令が言った。
「そうですな。
そろそろ落ち着いてきたことですし、息抜きの時間を設けましょう」
ということで昼餐の後に2時間くらい休憩が入るようになった。
もっともその代わりに昼餐はお客様との会食になったけど。
この席には母上や祖母上が同席することもある。
外国の貴顕や国内の高位貴族の場合、私だけでは押し込まれる可能性があるということでそうなった。
私の意見?
そんなもんはない!
まあ確かにこのお二方の迫力というか威圧感は凄いもので、大抵のお客様は萎縮してしまう。
最初は何で外国の皇妃や王太后が、という疑問が駆け回ったらしいんだけど、そのうちにお二人と私の関係がバレた。
ていうか別に隠してなかったからね。
当たり前だけど、最初は何でいきなり男爵の庶子である私がテレジア公爵にされたのかという疑問や、そんなことは許せんとかいう旧弊な貴族からの反発が酷かったらしい。
だけどハイロンドの王太后とライロケルの皇妃がテレジア公爵の親類である、という噂が広まり、誰かが思いきって直接尋ねてみたらあっさり「そうですよ」と。
あっという間に「テレジア公爵って実は」という情報が拡散され、しばらくの間テレジア社交界を席巻したそうだ。
私は離宮に引きこもっていたから知らないけど。
王室が逃げたのはそのせいもあったらしい。
陛下が「後は頼む」と言い残したとかしないとか。
頼むといわれてもね。
無理。
よって引きこもりと化した私は家令に命じられるままに書類にサインしたり人と会ったりしていて、それが一段落してようやくのんびり出来ると思ったんだけど。




