190.夜逃げ
起きたら朝だった。
湯浴みをして朝食を摂ってから執務室へ。
午前中は書類仕事をして、午後からは人と会う。
とりあえずテレジア公爵家の家内面談が一段落したということで、滞在している外国の貴族や国内の貴族の使者と会っている。
謁見というよりは会談なんだけど、今のところ何かお仕事に関係するような話はない。
だからただ会ってにこやかにお話するだけなのよね。
縁談を持ちかけてくるような人はいなかった。
そういうのは断っているらしい。
家令のお話では、王政府にテレジア公爵担当の部署みたいなものが作られていて出入りを制御しているそうだ。
「首班はロンバートでございます」
「そうですか」
最初に家令代理だか代行だかとしてテレジア公爵家の体制を整えた後、王政府に戻って支援してくれているそうだ。
それでいなくなったのか。
いやヒースさんに文句があるわけじゃないんだけど、最初にお世話になったのはロンバートさんだから気になっていたのよ。
「ロンバートは国王陛下の顧問の一人です」
「そうなのですか」
「臨時にテレジア公爵家に出向していたとのことで」
うーん。
やっぱり国王陛下の手の平の上か。
まあいいけど。
そんな状態で数日たつと、さすがに謁見希望者が減ってきた。
ていうか私がすぐに会わなければならないレベルの方が尽きた。
後はご機嫌伺いとか何かを売り込もうとか、あるいは単に面識を得たいだけの中堅から下位貴族などらしいけど、それは断っても良いと言われた。
私にあんまりメリットないのよね。
なので気を抜きかけていたら、突然超大物が乗り込んで来た。
「これからしばらく世話になるから」
「お気になさらず」
何しに来たんだよ!
母上と祖母上が揃って押しかけてきた。
ていうか単なる訪問じゃ無い?
「おお。
期間は未定だがここに住む」
「私もテレジアで色々やることがありますので」
何を勝手に!
「陛下の許可は得てある」
「自由にして良いとのことですので」
国王陛下ぁーっ!
私を売ったな?
道理で最近お呼び出しがなかったわけだ。
文句を言おうにも誰に言えば良いのか判らない。
ていうか外国の超大物のご希望で、と言われたら黙るしかない。
しかもこの方々、私の肉親だ(泣)。
しょうがない。
「……歓迎致します」
「ああ、そういうのはいいから。
私らは勝手にやるので」
「この離宮の事は貴方より詳しいと思いますよ」
さいですか。
そういえば祖母上はこの離宮で祖父上と愛の巣を作っていたみたいだし、母上に至ってはここで生まれて幼少期を過ごしたんだった。
もう実家? みたいなものかもしれない。
私が手をこまねいている間にハイロンド王太后殿下とライロケル皇妃陛下はどんどん話を進めていった。
それぞれご自分のお部屋どころか臨時の事務所と称する区画を占拠し、随行員たちが執務用の設備を整えていく。
聞いてみたらハイロンドとライロケルの臨時親善大使館を設置するそうだ。
「国王陛下が許可なさいました」
情けない(泣)。
よその国の王太后やら皇妃やらにいいように掻き回されて為す術がないのか。
「テレジア公爵家がお二方を引き受けて下さるというので外務省ではお祭り騒ぎだそうでございます」
王政府全体が敵に回りやがった!
それだけじゃなかった。
何とテレジア公爵家の重鎮たちも籠絡されていた。
「そのような事はございません」
「ただ、私が駆け出しの事務官だった頃にシェルフィル様には良くして頂いたもので」
「セレニア様、懐かしゅうございます」
何てことだ。
テレジア公爵家の重鎮は皆さん王政府の古参だ。
つまり若かりし頃に祖母上や母上と知己を得たり世話になったりした人たちばかりなのよね。
私は確かにお二人の孫であり娘ではあるんだけど、ご本人に比べたら愛着が薄い。
つまり。
乗っ取られた(泣)。
「そのような事はございません」
「殿下は唯一無二でございます」
専任侍女や専任メイドが慰めてくれるけど、あなたたち下っ端だから。
力関係では比べものにならない。
もう諦めた。
「何を言っているんだ。
我々は御前の助けになるためにここにいるんだぞ」
「そうですよ。
大いに頼りなさい」
そんなこと言われてもね。
公爵がよその国の皇妃や王太后に頼って良い物かどうか。
国王陛下にお伺いを立てようとしたら、なぜか陛下は王妃様を伴って地方の領地の視察に出かけられてしまっていた。
それどころか王太子殿下も国際親善ということで国内にいないらしい。
今どこにいるか判らないと言われた。
そんなはずないでしょう!
後を任されたという宰相閣下はのらりくらりと言い訳するばかりだった。
王室に夜逃げされてしまった。
こんな時に卒業パーティとかあったら第二王子が婚約破棄しそうだ。
「王太子殿下以外の王子殿下方はすべて臣籍降下済みでございます。
王太孫殿下なら」
家令によれば王太子殿下のご子息はまだ8歳で婚約者はいないということだった。
なら婚約破棄の心配はなしか。
いやいや、何を馬鹿な事を考えているんだ私は。
あまり事態につい現実逃避してしまった(泣)。




