185.侍女見習い
一区切りついて休憩していると専任執事が来て言った。
「お疲れですか」
「それほどでも。
内容がよく理解出来ないのが辛いですが」
「仕方がございません。
近いうちに公爵領の視察が予定されておりますので、実際に見てみればよくおわかりになるかと」
執務室に人がいるので専任執事の口調が丁寧だ。
切れる人なのは間違いない。
敵対されないように気を付けないと。
専任執事が家令見習いに聞いている。
「どうだ?
終わりそうか?」
「予定を前倒ししています。
殿下は初めてとは思えないほどご理解が早く」
「やはりな。
そのまま進めてくれ」
また褒め殺しされている気がするけど、それってやっぱり私の前世の人の置き土産だ。
論理と体系化の方法論が身についているから何か説明されても理解が早い。
あと俯瞰の概念が大きい気がする。
細部がよく判らなくても全体を大まかに把握出来るのよね。
これってチート能力なのでは。
まあ、貴族家の当主なら持っていて当たり前だと思うけど。
その後、昼餐までひたすら書類仕事。
食事前に軽装な格好から高位貴族らしい衣装に着替えさせられる。
高位貴族の生活ってこれなのよ。
何かというと着替える。
会ったりやったりする人や仕事ごとに正装が決まっているみたい。
食事が終わったらお風呂に連行されて身体中を洗われた。
高位貴族ってこんなに面倒くさいのか。
髪を乾かした後に使用人の面接ということで地味だけど豪華なドレスを着せられて面接室の執務机につく。
そういう専用の部屋があるのよね。
私の両側に家令と侍女頭が控え、その後ろに専任侍女と専任メイド。
壁際には護衛騎士がずらっと並んでいる。
大げさすぎるけど、それが公爵家なのだそうだ。
「では」
家令の目配せで家令見習いが「どうぞ」と声を掛けるとドアが開いて人がゾロゾロと入って来た。
全員女性でお仕着せに身を包んでいるけど、かなり高級そうな衣装だ。
上級使用人、つまり侍女ね。
みんな頭を下げている。
4人か。
一列に並ぶと頭を下げたまま一斉に礼をとった。
かなり深い。
国王陛下とまではいかないけど、爵位持ちの高位貴族に対する敬意ならこうなるのか。
感心して見ていたら家令が咳払いした。
いかんいかん。
忘れていた。
「顔を上げて下さい」
声をかけたら一斉に姿勢を正してくれた。
え?
知ってる……じゃなくて。
「ユベニア・モルズでございます。
テレジア公爵殿下にご挨拶を申し上げます」
「ライラ・シストリアでございます」
「モーリン・ヒルデガットでございます」
「ルミア・サラーニアでございます」
モルズ様たちじゃないの!
高位貴族家の令嬢が何で?
「この4名は侍女見習いとして採用致しました。
当面は殿下付きの配置となります」
家令見習いが単調な口調で言った。
うん、判るよ。
立場が激変したからね。
アーサーは見習いとはいえ公爵家の家令だから侍女見習いなんかより遙かに立場が上になる。
これからモルズ様たちを使っていかなければならないんだよ。
いや、人の事はいい。
私はどうすればいのよ!
「よろしくお願いしますね」
どうしようもないので当たり障りの無い返事をしておく。
なぜかほっとしたような空気が流れた。
まさか私が拒否するとか思ってないよね?
出来るわけないでしょう。
そんなことをしたらせっかく支援してくれそうな高位貴族家をまとめて敵に回すことになってしまう。
よく考えたらこの方たちのお父上や祖父上の方々は舞踏会で私と踊ってくれたんだった。
つまり、あの場で私を支持すると表明したわけか。
そしてその証拠として娘や孫たちを侍女見習いという形で公爵家に送り込んで来たと。
それが本物の貴族のやり方か。
ならば受けるしかないよね。
私はもう公爵なんだし。
それでもちょっとは。
モルズ様たちに微笑んでみせたら、皆様も笑顔になってくれた。
「では」
もう一度一斉に礼をしてから粛々と引き上げる侍女見習い様たち。
そうか。
「駆けつける」とかおっしゃっていたのはこのことか。
でも大丈夫なんだろうか。
特にシストリア様は歌劇のお仕事があるのに。
どなただったかは輿入れが進んでいたのでは。




