179.傷物の価値
さいですか。
未婚で子持ちのふしだらな王女だもんね。
「向こうから断る分には私はともかくハイロンドに傷がつかないと安心して見合いを承知したんだが」
「が?」
母上は渋い表情になった。
「最初は良かったんだ。
皇王陛下は男盛りの美男だったがあんまり乗り気じゃ無いみたいで。
私は当時、まだ二十歳くらいだったからな。
皇王陛下もどこか適当な外国の王家から嫁を貰って後ろ盾にするくらいしか考えてなかったんだろうと思う。
だが私が『実は私、未婚ですが娘がいまして』と言った途端」
それは致命傷なのでは。
ていうか見合いの席で他国の支配者相手によくそんなことを言えたものだ。
母上って(泣)。
「いきなり乗り出してきて。
気がついたら口説かれていた」
はあ?
見合いの席で過去の男性経験どころか隠し子の存在までぶちまける相手を口説くと?
「何でも皇王陛下は離縁したばかりだったそうですの」
祖母上が口を挟んだ。
「自国の有力な貴族家から迎えた妃だったのですが数年たっても子が出来ず。
皇王陛下ご自身はあまり気にしておられなかったそうですが、皇妃様が周囲からの圧力に耐えきれず気を病んでしまわれたそうです。
ご本人の希望で離縁になってしまったと。
そういった前例があるだけに国内の貴族家から妃を迎えにくくなってしまわれました。
政略結婚なのでやろうと思えば出来たでしょうが、次に失敗すれば皇家もお相手の貴族家も大きな痛手を負います。
ですが、王妃はもちろん後継者がいないということは一国の支配者としては瑕疵になります。
しかも陛下は単なる王ではなくてライロケル皇国諸領を束ねる存在ですからね。
表だっては特に問題とはなりませんが、やはりこういうことは施政に微妙に影響します」
「……つまり、皇王陛下は有力な外国の貴顕で子供を産めることが確実な嫁を求めていたと」
思わず言ったら頷かれた。
「そうだ。
自分も再婚だし出産の実績があるのなら是非にと。
私がまだ比較的若かったこともプラス材料だったらしい。
ハイロンドの王女というだけではなく、ゼリナ国王の姪だから後ろ盾としては充分。
それに母上の娘だからな。
多産なことは証明されている」
何とまあ。
傷物の王女にも価値があるというか、むしろ私を産んだことで値打ちが上がったのか母上。
「それで輿入れを」
「とても断れなかった。
それに私からみても悪い条件じゃなかったからな。
何なら子供も連れてこいと言われたけど、それは断った。
嫁入り先に爆弾を持ち込むのは無理だ」
私はやっぱり爆弾だったか。
どこまでいつても祟るなあ。
「それで私は放置されたわけですね」
「放置とは人聞きの悪い。
遠くから見守っていたと言え」
「私もセレニアも貴方のことは常に気に掛けていましたよ。
テレジア王家から定期的に報告を受けていましたし」
「御前は知らないだろうが、サエラ男爵領には王家の手の者が常に一定数潜んで御前を見守っていたはずだ。
何かあったら、というよりはありそうなら率先して潰していたと報告にあった」
さいですか。
でも私はそんなこと知らないもんね。
必死で生き残りしていたつもりだったんだけど泳がされていただけか。
「だったらもうちょっと生活環境を整えて頂きたかったんですが」
つい愚痴ってしまった。
「あんまり過保護にすると誰かが気がつくかもしれないからな。
それでも孤児院の孤児としては破格の待遇だったはずだぞ?」
そうか。
確かに私の孤児院時代って飢えたり不当な扱いを受けたりした記憶はない。
物質的には不自由なかった。
みんな優しかったし。
ひょっとしなくてもあの人たち、みんな王家の手の者だったのかも。
それでも娘をほぼ文盲のままにしておくってどうよ。
せめて読み書きくらいは教えて貰ってもかまわなかったんだけど。
「まあ、私の事はもういいです。
それで?」
投げやりに言ったら母上は苦笑した。
「そういうわけで私はハイロンドの王女としてライロケル皇国に輿入れしたわけだ。
皇王と王女の結婚だから式も豪華でな。
披露宴にはハイロンドだけじゃなくてゼリナやテレジアからも貴顕が大量にやってきて」
「それはそうでしょうね」
だって母上、その全部の国の王室に関係しているし。
「そのまま今に至ると?」
私を迎えに来る話はどうなった。
「それがその。
割とすぐに懐妊して」
さすがに気まずそうに言う母上。
「それどころじゃなくなってしまって」
「私もそうですが、娘も多産系だったようです。
何人生まれたのでしたか」
「……4人」




