175.遺伝
「それで祖母上はハイロンドの王妃になられたのですね」
「はい。
連れ子のセレニアもハイロンドの王女として認めて頂きました。
もっとも王位継承権はございませんが」
それはそうでしょう。
だって母上はハイロンド王家の血を引いてないんだし。
「私もその頃には状況が判っていたからな。
大人しくハイロンドでデビュタントしたんだが」
何かうんざりした表情になる母上。
「母上が懐妊しちまって」
え。
それって。
「私にも予想外で」
祖母上もさすがに紅くなっている。
「それはまた」
絶句していると祖母上が扇で顔を隠しながら続けた。
「どうも私は子供が出来やすい身体のようで」
「最初に産まれたのは男の子だったが、次から次へと生まれるんだ。
だから私には年の離れた弟や妹がたくさんいる。
御前には叔父や叔母になるな」
母上、何か投げやりですね。
あれ?
「祖母上はハイロンドの王太后殿下でございますよね?
ハイロンドの次代の国王陛下は係累からお迎えするというお話は」
「なくなった。
正統な嫡子が出来たんだからな。
当然、私の弟が王太子で次の国王だ。
実際、そうなっている」
簡単に言われますけど。
それってつまり、今のハイロンド国王陛下って母上の弟君ですよね?
つまり。
「そう、御前の血の繋がった叔父だ。
まだ若いんだが国王陛下が引退したいと言って逃げてしまって即位した」
何てこったーっ!
それはヤバい。
ヤバ過ぎる。
私ってテレジア前王家の直系でゼリナ王家の係累というだけじゃなくて、現ハイロンド国王の姪ということになるじゃないの!
何その後付け設定。
あれ?
「ハイロンドの前国王陛下は失礼ですがお隠れに?」
気になって聞いてみた。
だって祖母上がテレジアに来たりして自由すぎない?
「もちろんお元気ですよ?
年若い陛下を支援していらっしゃいます」
それって院政なのでは。
「母上は外交という役割で世界中を飛び回っている。
という名目で遊び回っているのよね?」
私の母上がからかうように言った。
「失礼な。
遊んでなどおりません」
「そうかなあ。
ハイロンドの王太后と言えば神出鬼没で有名なんだが」
うーん。
本当に私の祖母上はとんでもないな。
舞踏会で婚約破棄されて修道院に行ったというと薄幸の貴族令嬢そのものだけど、そんな印象がまったくない。
多分、テレジアの王妃になったとしても上手くやれたんじゃないかな。
うん。
この強かさは間違いなく私の祖母だ(泣)。
さて。
祖母上については大体判った。
でも母上はもっと謎だ。
「何か聞きたそうだな」
「もちろんです。
私の実の母上なんですよね?」
「おう。
悪かったな。
母親としての役割は完全放棄だから言い訳のしようがないが」
「それはいいのですが」
いや、良くはないけどもう過ぎたことだし。
ていうかこの母上に育てられるより孤児院の方がマシだった気もする。
「母上はテレジアで生まれてゼリナで王女としてデビュタントして、ハイロンドの王女になったと」
「そうだが」
「それが何でライロケルの皇妃に?
いえ、その前に私を産んだはずなのでは」
全然繋がらない。
しかも私の父親は前サエラ男爵だという。
どうしてそうなる。
「話せば長い理由があってだな」
「話して下さい」
「まあ、仕方がないか。
腹が減ったな」
突然横道に逸れる母上。
やっぱこの人、祖母上の娘で私の母親だ(泣)。
王妃様の頷きでメイドさんたちが静々とやってきてテーブルを片付ける。
すぐにワゴンを押してきたメイドさんたちが数人がかりで新しい食卓を広げた。
やっぱりアフタヌーン・ティーだ。
昼餐なんじゃないかと思えるくらい大量のサンドイッチやケーキやクッキーや、その他の食材が並べられた。
お茶はポットが何種類も。
母上は鷹揚に「ご苦労」と声を掛けて食べ始めた。
がっついているように見えて動作が優雅だ。
観察していて気がついた。
優雅に見えるのは無駄な動きが一切ないからだ。
流れるようにケーキにナイフを入れてフォークに載せて口へ。
洗練された礼儀を感じる。
これがライロケル皇国の皇妃か。
「貴方、あいかわらずね」
祖母上が呆れたようにおっしゃった。
「それで太らないのはおかしいわよ?」
「そういう体質」
切って捨てる母上。
ああ、この人は間違いなく私の母上だ。
大食いは遺伝か(泣)。




