172.陰謀
「まさか」
「はい。
私はほとぼりが冷めた頃に極秘裏に修道院を抜け出してテレジアに渡りました。
そしてテレジア公爵となられたデレク様の元でメイドを」
メチャクチャだ!
でも逆に納得出来てしまった。
私の祖母であるメイドの血筋が隠されていた理由。
ていうか隠すしかないでしょう。
だって婚約破棄された大国の姫君なんだよ?
そんな方が密入国してメイドやってるって私の前世の人が読んでいた乙女ゲームでもなかなか出てこない。
でもそんなことがよく出来たものだ。
普通は無理だ。
つまり普通じゃ無かったと。
「新王家もご存じであったと」
「はい。
そもそもデレク様が王位を放棄する条件のひとつだったとのことでございます。
今思えば大変などという事ではございません。
国を挙げてゼリナ王国を欺くのですから。
もし公になれば戦争でございます」
ぞっとするよね。
当時のテレジア、そこまで追い詰められていたのか。
「……とすれば、デレク様が公爵領に引きこもらずに離宮に留まっておられたのも」
「新王家からの要望でございました。
表向きは隠居でしたが、新王家のたっての希望で王宮の近くに常駐して王政府の相談役を果たしておられました」
ああ、それで離宮がタウンハウスだったのか。
表面的には王都に留め置いて監視する、という名目だったんだけど、実際には新しい王家の参謀的な立場だったと。
つまり、それが出来るくらい有能で信頼されていた。
凄いぜ祖父上。
「もっとも退位された前国王陛下から逃げていたという理由もございました。
前陛下は引退されてからテレジア公爵領に居城を構えておられましたから」
うん。
それは顔を合わせ辛いよね(泣)。
ふと思いついて言ってみた。
「シェルフィル様」
「マリアンヌ、御祖母様と呼んではくださらないの?」
あー、面倒くさい。
「御祖母様、デレク様の元でメイドになるというのは最初からの御計画だったのですか?」
「そうですよ。
でなければ私は協力しないと押し切りました」
「それはその、やはりデレク様と」
「もちろんです。
王妃になれないのならメイドでいいからお側に侍りたいと」
何かお祖母ちゃん、露骨に乙女ゲームのヒロイン、いや悪役令嬢やってない?
「正式に結婚出来なくても良かったのですか」
「……王族の結婚など、契約です。
むしろ公にならない関係の方が重要です」
きっぱりと言い切るハイロンド王国王太后殿下。
そうか。
御祖母様はある意味、生粋の王族なんだろうね。
なるほど。
それは確かに正式に結婚して王妃になれば対外的には尊敬や崇拝を受けて順風満帆だろうけど、それは「王妃」という役割に閉じ込められてしまうことを意味する。
多分だけど、夫である国王陛下との人間的な夫婦生活は放棄せざるを得ないだろうし、絶え間ない監視の下におかれることになる。
今の私みたいに(泣)。
それだったら正式な妻でなくてもある意味自由に夫に侍れるメイドの方が、と。
でもやっぱりメチャクチャだ。
だってお祖母ちゃんって大国の生粋の王女だったんだよ。
その誇りと矜持を投げ捨てて良かったのか。
私の目つきに気づいたハイロンド王国王太后殿下がおっしゃった。
「私、元々使用人の生活に興味を持っていたのですよ。
一度体験してみたいと」
「でも母上はそういった才能が壊滅的だったのよね」
いきなり口を挟む母上様。
この人、ライロケルの皇妃よね?
こういう人いたっけ。
孤児院時代、平職員の癖に場を仕切っていた厚かましいタイプが。
「……私だって多少は」
「いや、子供心にも駄目だと思っていた。
いつも使用人たちから『お願いですから大人しくして頂きたく』と懇願されていたでしょう」
祖母上の恨みがましい視線をものともせずに話す御母上。
この祖母にしてこの母ありか。
「そんなに?」
「それはそうでしょう。
母上はゼリナの箱入り王女だったのよ。
使用人なんか出来るわけがない」
ごもっともだけど。
ていうかあれ?
「あの、御母上は御祖母上の生活をご存じだったと?」
つい聞いたらあっさり応えられた。
「それはそうよ。
私、この人の娘よ?」
いや、それはそうみたいだけど。
「……ええと、つまり物心がつくまで一緒に暮らしておられた?」
「もちろん。
御父上が亡くなるまで一緒にいたわ。
看取ったし」
あー。
それはそうかもしれないけど。
頭から抜けていた。




