170.大国
「さてと。
ここに王妃殿下と王太子妃殿下に同席して頂いたのは私共の我が儘故です。
というよりは貴国の国王陛下に泣きつかれたせいなのでございますが」
「陛下が何か?」
王妃様、怖い。
ハイロンド王国王太后殿下相手に引かないよ!
やっぱり一国の王妃ともなればこのくらいの気概が必要なのか。
「私共とテレジア公爵の関係について。
かなり込み入ったお話しになります。
それに、貴国の国王陛下も詳しくはご存じない事実や経緯もありますので」
つまり何度も説明するのが面倒くさいから私と一緒に聞いて欲しいと。
でもそれ、おかしくない?
王妃殿下はまだしも王太子妃殿下にも聞かせる必要があると?
「マリアンヌ。
事はテレジアの王室にも関わってくる話だ。
今後の事を考えるとこの時点で王室にも全部知って欲しくてな」
セレニア様が口を挟んだ。
この人が私の母親ねえ。
凄い違和感があるけど、納得もしてしまう。
一言で言うと私に似ているような。
性格が。
「はい」
「それでは。
ところで王妃殿下はデレク様のことについて、どのくらいご存じでしょうか」
シェルフィル様が王妃様に問いかけた。
情報のすりあわせか。
「デレク様。
前王家の最後の王子で初代テレジア公爵殿下でございますね」
「はい。
そうなってしまった理由については?」
王妃様はちょっと躊躇ってから答えた。
「有名なお話でございます。
舞踏会での婚約破棄と、それに起因する王朝交代。
そして陛下のお父上の戴冠。
元王子殿下はテレジア公爵となり、若くして病没されたと」
「デレク様がそうなさった理由については?」
「当時のご婚約相手の国からの干渉を避けるために……」
途中で何かに気がついたのか言葉を切る王妃殿下。
そう、それだ。
シェルフィル様って祖父上の婚約者だったんだよね?
その大国の姫君で。
でも今はハイロンドの王太后殿下なのでは。
あれ?
「その通りでございます。
当時、私はゼリナ王国の第三王女でございました」
淡々と言うハイロンド王国王太后殿下。
ゼリナ王国か。
確かに大国だ。
国力はテレジアの数倍。
今のところ国際関係は良好だけど何かあったらヤバい相手だ。
「当時の私の父上、つまりゼリナ国王陛下は何というか野心溢れるというか、一昔前の価値観を信奉されておいででした。
例えばゼリナ第一主義。
更に拡張政策。
特に婚姻によって近隣諸国への影響を強めることに熱心で」
それは聞いたな。
だからこそテレジアの王子がゼリナの王女と幼い頃から交際していたと。
「それはそれで特に問題となるようなことではなかったのでございますが……デレク様はお身体が弱く、国王の政務に耐えられるかどうか疑問視されておりました」
シェルフィル様は言葉を切ってため息をついた。
「周囲だけではなくご自身もよくわかっておいでで。
お身体さえ丈夫ならば、まことに国王に相応しい方だったのでございます。
と言えれば良かったのですが」
え?
何でそこで引く?
「国王陛下に相応しくない御方だったと?」
王妃様が疑念を滲ませた。
多分、国王陛下からデレク様について聞いているんだろうな。
陛下、どうもデレク様の信奉者だったみたいだし。
「いえ。
相応しいか相応しくないかと問われれば、それはもう。
当時の私の父上とも対等にやり合えるくらいの気概はございました。
ですが、それと同じほど道化で」
一同、唖然。
いや母上はニヤニヤしているけど。
「道化とは」
「ある日、私とデレク様だけのお茶会の最中に突然言われたのです。
舞踏会で婚約破棄したいんだけど、と」
何それ!
道化じゃないよ!
馬鹿王子そのものじゃないの!
「それは」
「もちろん私は何を馬鹿な、と切り捨てました。
そんなことをしたら大醜聞で皆様揃って破滅してしまいます、と」
それはそうだよ。
婚約破棄した方はもちろん、された方もただでは済まない。
私の前世の人が読んでいた乙女ゲーム小説でもよく出てきた。
傷物にされてしまった悪役令嬢って、大抵は修道院行きになる。
やった方は廃嫡の上平民に。
あれ?
つまり、その王子はやってしまったと。
しかも別に男爵令嬢を寵愛していて婚約者が邪魔になったからというわけでもなく。
大国の干渉を避けるために仕方なく?
「デレク様は『それしかないと思うんだ』とおっしゃって説明して下さいました。
このまま私との婚姻が成れば、どう考えても私の父上がテレジアの国政に露骨に干渉してくることは間違いない。
今のテレジアに正攻法でそれを避ける力はない。
だから搦め手を使うしかないと」
「搦め手どころか最悪の手なのでは」
だってそうでしょう。
何もなくても干渉してくる気満々の相手に口実を与えるようなものだ。
テレジアの立場はどん底に落ちる。
……ああ、それでか。




