169.近親憎悪
「あの」
「なあに?」
「なぜ私と」
言いながら言い知れない違和感を探る。
シェルフィル様ってどっかで聞かなかったっけ?
確かに誰かがその名を口にした。
しかもつい最近。
思い出した!
国王陛下だ。
何とおっしゃったんだったっけ。
「申し訳ございません。
お名前は耳にしたことがございますが」
「あら、聞いていたの。
大方ランソム辺りが口を滑らせたのね」
軽くおっしゃるハイロンド王国王太后殿下様。
ランソムって確か。
「失礼します。
陛下が何か?」
王妃様が硬い声で割り込んできた。
そう、そうだよ!
国王陛下のお名前だ。
私の成人式の時に漏らされた。
私の祖父上と並べて。
あー?
「間違っていたら申し訳ございません。
あの、シェルフィル様は私の祖父上の元婚約者であられましたか?」
そう、舞踏会で婚約破棄された某大国の姫君だ。
某大国ってハイロンドだったのか。
でもあれ?
ハイロンドってそこまでの大国じゃなかったような。
少なくともテレジアが一方的に押し込められるような国じゃないのに。
「よく出来ました」
満面の笑顔で言われるハイロンド王国王太后殿下。
うわー。
何で笑顔なのか判らないけどヤバい!
私の祖父上に大恥をかかされた被害者だよ!
「祖父が申し訳ございませんでした!」
思わず立ち上がって頭を下げた。
だって私の祖父って初代テレジア公爵だ。
その跡を継いだ私はこの方にとっては仇敵そのものなのでは。
「あらあら」
ハイロンド王国王太后殿下が戸惑ったように言うのと同時に誰かが「ぷっ」と吹き出した。
不謹慎な!
方向から言ってライロケル皇国皇妃様か!
まあ、テレジアの王妃殿下や王太子妃殿下がそんな無礼をするはずはないけど。
「セレニア」
「だってお母様、反応がお父様そっくりで」
「……それもそうね。
でも無礼にも程があります」
「申し訳ありませんでした。
マリアンヌ、済まなかった」
私が頭を下げている間に王太后殿下と皇妃陛下の間で漫才が繰り広げられている。
身分が高いからと言って人間性とか本性とかは関係ないんだなあ。
え?
今、このお二人は何と言った?
恐る恐る頭を上げると扇で口を隠しておられるハイロンド王国王太后殿下と口をひくひく動かしているライロケル皇国皇妃陛下のお姿が。
テレジアの王妃様と王太子妃様は硬直しているんだけど。
それより。
「あの、ひょっとしてお二人は」
「ええ、そうよ。
このセレニアは私の娘です」
「いや、ライロケル皇国皇妃とか言ってるけど、私も元はハイロンドの王女だ。
訳ありだが」
セレニア様って何かゲスいというか、下品というか。
私に通じるものを感じてしまうのですが。
ていうか、この人にも強烈な違和感がある。
近親憎悪?
同時に親近感も。
親しいんじゃなくて、鏡を見せつけられているような異様な感覚だ。
改めて観てみる。
特に特徴の無い茶色の瞳に黒に近い髪。
顔立ちは整ってはいるけど笑っているせいでファンキーに見える。
やっぱり小柄でほっそりとした体つき。
うーん。
この方もどっかで。
するとセレニア様がおっしゃった。
「いやー、それにしても見事なものだね。
その桃髪。
久しぶりに思い出してしまったよ」
「私の髪でですか?」
「そう。
貴方のお父上も見事な桃髪だった。
それをこう、格好良くセットしていてね。
よく似合っていたのにそれを言ったらご本人は憮然としていたっけ」
私の父上。
それって前サエラ男爵様よね?
何でライロケル皇国皇妃様が知ってるの?
「まさかとは思いますが、ひょっとしてセレニア様は」
「そう。
私がテレジア公爵マリアンヌの母親です。
久しぶりね、我が娘。
16年ぶりくらい?」
陽気にウインクしながらおっしゃるライロケル皇国皇妃様。
誰か悪夢だと言って(泣)。
誰も言ってくれなかった。
沈黙。
テレジアの王妃様と王太子妃様は固まっているしライロケル皇国皇妃様はニヤニヤしている。
本当、身分と本性は関係なさそう。
ハイロンド王国王太后殿下はさすがに年の功というか、表面上は穏やかだけどかなりうんざりしているくさい。
私にじゃないよね?
「セレニア、私から説明しますよ?」
「お願いします。
母上」
とうとうシェルフィル様が決めつけるように言った。
話が進まないから助かった。
ていうか進ませたくない(泣)。




