168.同族嫌悪
「よくおいでになられた。
テレジア公爵」
やっと王妃様のお声がかかった。
実は成人式の時にお目にかかっているから、こっちからお声がけしてもそんなに失礼ではないんだけど実際には駄目だ。
だって王妃殿下はテレジア王国で最高位の淑女だから。
いくら私が女公爵だといっても比べたら失礼になる。
王太子妃はどうかな。
などと考えながら身体を起こして静々と進み、ひとつだけ空いている椅子に腰掛ける。
お仕着せの侍女が椅子を引いてくれた。
そのまま下がっていく侍女が十分離れてから王妃様が口を開いた。
「ご紹介させて頂きます」
右側に坐っている美熟女に手を差し出す。
「セレニア陛下。
こちらがテレジア公爵マリアンヌでございます。
マリアンヌ。
こちらはライロケル皇国のセレニア皇妃陛下だ」
美熟女は鷹揚に頷いた。
「セレニアだ。
よしなに。
御身のお披露目は見事であった」
初っぱなからぶちかまされた。
血まみれドレスを見られていた!
何とか無表情を保つ。
ライロケル皇国の皇妃。
超重要人物だ。
ライロケル皇国は連合国家で形態としては帝国に準ずる。
つまり国内に「王国」がいくつもあって、各国王の上に皇王が立っていると習ったっけ。
その皇妃は「陛下」の称号で呼ばれる。
どう考えても私より偉い。
ていうかテレジア王妃より偉くない?
そんな方がなんで?
というような思考を展開させつつも自動的に対応する。
『お初にお目にかかります。
マリアンヌでございます』
ライロケル語で言って坐ったまま頭を下げる。
良かった礼儀を覚えていて。
ライロケル語講座もありがとう。
シシリー様、こんな事態も想定していたのか。
セレニア様はちょっと笑ったようだった。
「お初か。
よろしくな」
『は』
何とかやり過ごせた。
と思ったら王妃様が続けた。
「シェルフィル様。
こちらがマリアンヌでございます。
マリアンヌ、こちらはハイロンド王国シェルフィル王太后殿下であられる」
「シェルフィルでございます。
私は初めてね。
素晴らしかったわ」
王太后殿下、貴方もですか(泣)。
血まみれの惨劇を素晴らしいと?
貴顕の基準ではそうなのかも。
シェルフィル様は初老の淑女だった。
でも十分以上に美しい。
皇太后殿下ということはハイロンド王国の前の王様の正室か。
この方もまた超がつく重要人物だったりして。
ハイロンド王国は海洋国家で貿易が盛んだ。
経済力では大陸でも突出していると習った。
もちろん王国だから国王と貴族がいるんだけど、身分より実力主義で有能ならどんどん上っていけるらしい。
実際、高位貴族の中にも現場から叩き上げた方もおられるとか。
【マリアンヌでございます。
お目汚しをさせて頂きます】
ハイロンド語で答えて頭を下げる。
クソ勉強の成果が出て良かった。
「マリアンヌ様は語学に堪能なのでございますね」
最後の一人、王太子妃らしい美女が驚いたようにおっしゃった。
30歳くらいかな。
美人過ぎて歳がよく判らない。
王妃様もちょっと見た目には王太子妃様と姉妹みたいに見えるし。
セレニア様も美人だ。
お化粧って凄い(泣)。
「申し遅れました。
私はラセリーです」
王太子妃殿下が慌てて言ったけど、ご紹介されていなかったから応えられなかったのよね。
助かった。
「マリアンヌでございます」
頭を下げる。
何気に凄い場だ。
公爵な私の身分が一番低いって(泣)。
沈黙。
私、何で呼ばれたんだっけ?
「……マリアンヌ殿」
セレニア様が笑いを堪えながらおっしゃった。
『はい』
「テレジア語で結構よ。
訳が判らないという顔ね」
どう返せばいいのだ。
「正直申し上げれば、どのようなご用件なのか五里霧中でございます」
流れから言えば王妃様がこの方々を私に紹介しただけなのだけれど。
なぜそんなことをなさるのかが判らない。
だって私、ハイロンドやライロケルって言葉は習ったけど全然関係ないし。
「私どもの我が儘なの。
ごめんなさいね。
どうしても最初に会いたくて」
初老の美熟女、いやハイロンド王国王太后殿下がコロコロ笑いながらおっしゃった。
紹介された以上、会話しても失礼には当たるまい。
私は初めてシェルフィル様をまともに観た。
どちらかと言えば小柄で温厚に見えるけど、全体的な印象は闊達だ。
エネルギーが溢れているというよりは敏捷?
走り出したら止まらないというか。
青い瞳に元は金髪だっただろう白い髪。
でも別に変ではない。
むしろ綺麗。
でも、あれ?
何か既視感というか、親近感というか。
いやむしろ同族嫌悪?




