162.貴族は矜持
でもそうか。
公爵になってしまった私を止められる人ってほとんどいないんだ。
強いて言えば国王陛下くらいなものだろうけど、まさか陛下がそんなくだらないことにまで口を出してくるはずもないし。
自分で気をつけるしかないかも。
まあ、私はこれで演技は得意なのよね。
だって孤児院時代からずっと雌虎のくせに猫を被って生きてきたわけで。
男爵家に引き取られてからは令嬢の皮を被った。
育預の時も。
公爵の皮も何とかなるだろう。
多分、貴族ってみんなそうなのかもしれないよね。
一人で納得しながら書類を見ていたらちょっと不安になってきた。
「サンディ」
「はい」
「これ、私が一人で会見するの?
助言者はつかない?」
だって手元にあるのは貴族名鑑や王国の地図くらいなのよ。
私に会いに来る人については、それこそ身分と名前くらいしかわからない。
情報不足にも程がある。
きついのでは。
「家令が同席させて頂きますとのご伝言です」
サンディはあっさり言った。
それを早く言ってよ(泣)。
「判った。
なら安心ね」
微笑む専任侍女。
こいつもS臭いな(汗)。
まあいい。
「いつから始めるの?」
「殿下のご用意ができ次第、とのことでございます」
「じゃあ、やっちゃおうか」
というわけで私はまたお風呂に放り込まれて全身を洗われてからドレスを着せられ、お化粧された。
陛下との謁見で着たのとはまた違うドレスで、濃紺を土台にした重厚な雰囲気を醸し出すマーメイドライン。
おい。
これは何よ。
「今回、殿下は着座したままで会見なさいますので。
身体の線が見えた方がセクシー、いえ対面効果が強いかと」
遊んでるんじゃ無いだろうな?
まあ確かに私は外見的にはお嬢様というよりは幼女、いや抱き人形に近いみたいだから、それで公爵でございと言っても違和感が凄いし。
舐められるよりは道化、いや大人ぶった格好の方がマシかも。
ドレスが決まるとまた鏡台に連行されて顔と髪を弄られた。
髪型はまだしもメイクが凄い。
ちょっとした陰影や睫毛の形でこうも印象が変わるのか。
思わずメイクしてくれるメイドさんを見てしまった。
「殿下?」
「見事な腕ですね。
ひょっとしたら名のある方でしょうか」
つい丁寧語になってしまった。
だって専門家にはそれなりの敬意を払うべきだと思っているし。
お仕着せのメイドさんは戸惑った表情だったが、パッと頬を赤らめた。
「恐縮でございます。
このたび、王妃殿下のご指示でテレジア家に着任いたしました」
「フランは王妃殿下のお化粧係でございました。
是非お役に立てて頂きたいと」
専任侍女が口を添える。
王妃殿下のご厚意か。
ありがたい。
「厚くお礼を申し上げていたと伝えて」
「お心のままに」
うーん。
公爵って身分を舐めていた。
何もしなくても最高級のものが集まって来てしまうのか。
逆に言えば、私がヘマしたらドツボにハマるということね。
よし。
メイクが終わって専任侍女と二人だけになった時にこっそり言っておいた。
「何か、王妃様にお礼とか」
「お手紙をお書き下さい。
その間に見繕っておきますので」
何だ何だ。
サンディってこんなに有能だったっけ?
たかが男爵の子女だか奥方だったかのはずなのに。
「殿下。
私共は殿下について行きます。
そのためなら」
目が据わってるよ!
怖い。
サンディに案内されて応接室? に行くと、ソファーが片付けられて豪華な椅子がひとつだけ置かれていた。
玉座かよ。
お部屋には家令や騎士隊長、それに家令見習いがいて色々やっていたみたい。
「ここで会見するの?」
聞いたら家令が恭しく応えた。
「はい。
入室前に謁見者のご身分と家名をお呼びしますので」
「直前じゃなくて少し余裕が欲しい」
「心得てございます」
まかせてもいいかな。
いや、駄目だ。
「悪いけど、会見中は私に助言とかしないでね?」
「……お心のままに」
その満面の笑みは何?
まあ、ちょっと考えたら判るけど、家令に何か囁かれていたら私が操り人形に見えてしまうと思うのよね。
貴族は矜持だ。
だから間違えても私は私の意見で押し通す。
「それでは」




