159.戦場
「うむ。
近くで見るとやはり、御身はデレク様に似ているな」
国王陛下が笑みを浮かべている!
そんなに嬉しいですか?
「デレク様というと、私の祖父上でしょうか」
「そうだ。
余が覚えているデレク様は見上げるような御方だったが、肖像画を見る限りではむしろ小柄で細身であったようだ。
いつも優しげな表情を浮かべておられたにも関わらず、内に秘めた激しいものが全身から滲み出していた。
当時、私は憧れたものだ」
やっぱ小柄で細身だったらしい。
私が小さいのも遺伝か。
見上げるほどだったというのは、当時の国王陛下が子供だったからだろうね。
「陛下はデレク様と親しくされておられたのでございますか?」
「お会いしたのはほんの数度だ。
私は当時、ヒルカ公爵家の嫡子だったから王家の私的な集まりにも呼んで頂けた。
デレク様は既に成人されておられたが、我々親戚の子弟とも親しくお話しして下さった」
庶民的?
じゃないけどざっくばらんな御方だったみたい。
少なくとも俺様王子ではなかったんだろうな。
「初耳でございます」
「それはそうだろう。
デレク様の事は一種の禁忌になってしまっているからな。
だが、覚えている者は忘れない。
テレジアはデレク様にそれだけの恩がある」
国王陛下は不意に立ち上がった。
それから私に軽く頭を下げる。
え?
何が起きているの?
「大恩あるデレク様の尊孫である御身にはこれまで散々苦労をかけてしまった。
お詫びする」
待ってーっ!
訳わかんないんですが?
「陛下!
そのような」
「これはけじめだ。
国王として、公的な場では出来ないことなのでな。
申し訳ないがこれで許して欲しい」
何だかよく判らないけど拙い状況だ。
非公式とはいえ国王陛下に頭を下げさせたんだよ?
処刑一直線なのでは。
「おやめ下さい。
私はそもそも陛下が何をおっしゃっておられるのかすら」
「そうだな」
頭を上げた陛下は穏やかに笑っていた。
「突っ走ってしまった。
許せ」
言いながら玉座にお戻りになられる。
助かった。
心臓に悪いから止めて頂きたい。
「……どうも、御身を見ているとデレク様の思い出がよみがえってきてな。
それに、御身はやはりシェルフィル様にも似ておられる。
お二人の良いところを受け継いだな」
訥々と語る国王陛下だけど、気になる名前が混じらなかった?
「あの」
「何か」
「伺っても良いかどうか判らないのですが、シェルフィル様とは」
「ああ、そうか。
御身は知らないのであったな。
もちろん、御身の祖母上だ」
えーっ!
ちょっと待ってよ!
国王陛下が何で私の祖母上を知ってるの?
しかも「様」をつけてなかった?
誰ともしれない名も無きメイドだったのでは。
私が硬直していると陛下は我に返ったように言った。
「すまぬ。
時間が限られている故、要点のみ伝える。
まず、我らテレジア王家は御身の味方だ。
後ろ盾と言ってもいい。
だが、御身はそれに縛られる必要はない。
自由だ」
大混乱の最中な私に更に意味不明なお話が振られる。
王家が味方して下さる。
ってことは、逆に言えば敵もいるってことね。
その上で自由にしろと。
「それは、例えば先日の舞踏会のような?」
「おお、もちろんだ。
身に降りかかる炎を振り払うのは当然であろう。
遠慮はいらん。
それが国内の貴族であろが諸外国であろうが同じ事だ」
益々物騒になってきた。
つまり私って海外からも狙われていると?
「そんなに危険であると?」
「まあ、これからは直接的な襲撃などはなかろうが、な。
何せ御身に宿る血は」
うーん。
でもそれ、元はと言えば王家が私を公爵なんかにしたからなのでは。
男爵の庶子のままだったらこんなことに巻き込まれることもなかっただろうし。
思わずそれを言ってしまったら陛下は頭に手をやった。
「もっと危険だ。
御身は知らなかろうが、実際にはこれまでも御身の周囲は常に戦場であったよ」




