156.完璧メイド
そうなんだ。
なるほどね。
家令は国王陛下と同世代だから前テレジア公爵がまだ王子だった頃から見知ってはいたんだろうな。
何せ当時は唯一の王子でほぼ確実な将来の国王だったはずだし。
今の国王陛下が子供の頃に遊んで貰ったとおっしゃっておられたくらいで。
それ聞いて、何となく優しいおじさんを想像していたんだけど、違うみたい。
「デレク様って私の祖父上よね」
「はい」
「苛烈な性格だったの?」
家令が破顔した。
「私のような者がこんなことを言うのはおこがましいのでございますが、強靱な御方であったと」
「強靱」
「一度決心すれば、万難を排してやり遂げられるお方でございました。
更に言えば感情と行動を切り離せるお強いご性格で」
「そうなんだ」
なるほど。
つまりかの婚約破棄にしても、私の前世の人が読んでいた乙女ゲーム小説みたいに自分の感情でやったことじゃないわけか。
茶番とか芝居とか言われてるけど、実際にやるとしたら相当の覚悟が必要だもんね。
普通の人にはとても出来ない。
馬鹿なら何も考えずにやってしまえそうだけど、そんなことはなかったと。
あれ?
私は周りを見回した。
家令の他にはグレースがいるだけだ。
人払いはされていると。
「ちょっと聞きたいのだけれど」
「いかようにも」
「その、私の祖父上がやったという婚約破棄って、お相手は大国の王女様だったのよね?」
「はい」
「どういう理由だったの?
他に愛する人が出来たとか?」
だったら乙女ゲームの王子様並に馬鹿になってしまうのでは。
「理由は伝わっておりません」
家令は平然と言った。
「私はまだ子供で、その舞踏会には参加しておりませんでした。
そもそも当時の王子殿下の心中など」
それはそうよね。
どっちにしても当時の家令の身分では舞踏会に出席出来なかったはずだ。
だって聞いたところでは海外の貴顕が多数参加するような会だったみたいだし。
ある程度以上の身分の成人しかいなかったと見るべきか。
それに、その場に居ても王子の動機なんか判らないよね。
いや、動機自体は婚約を破棄して将来的な大国の影響を排除するためだったのは判っているけれど。
でもそんなことは言えないから、表面的な理由はあったはずなのよ。
何の理由もないのに婚約破棄って誰も納得しない。
まあいいか。
いずれは判るだろうし。
私は咳払いしてから聞いた。
「それで?
何か用事があるのでしょう?」
「はい。
本日のご予定でございますが」
家令によれば、午前中に国王陛下の謁見があるのだそうだ。
ていうかそういう予定が組まれている。
国王陛下はお忙しいので、いつ時間が空くかわからない。
なので私は待機していて呼ばれたら行くことになる。
「何のお話かな」
「それは寡聞にして」
まあそれはそうだ。
国王陛下がやることについて、公爵家とはいえ家令が全部判っているはずがない。
ていうか、どうも家令って私の家臣じゃなくて陛下の配下くさいから、知っていても間違いなく言わない。
「判りました」
「陛下との謁見後、昼餐の後に謁見の予定が入っております」
「謁見? 誰に会いに行くの?」
「殿下はされる側でございます」
なんと。
私に会いに来る人がいるのか。
あー、そういや舞踏会でそんなことをすることになっていたっけ。
ダンスの後、いきなり騒ぎを起こして退場してしまったからね。
もともとは私のお披露目だけじゃなくて、舞踏会に参加した方とお知り合いになるための場だったんだった。
嫌だなあ。
会って何を話せばいいのやら。
「その相手って判る?」
「後ほど表をお持ちします」
そんなにたくさんいるのか(泣)。
あ。
「ひょっとして、終わるまで私って王宮から出られないとか?」
「殿下にはご不自由をお掛けして申し訳ないと」
客間に通されたのはそのためか。
駄目だ。
逃げられない。
ならばしょうがない。
「判りました」
「では」
家令が去るとグレースが黙ってお茶のお代わりを煎れてくれた。
完璧メイドになりつつあるなグレース。




