155.英雄
「ああ、うん」
そう言うしかない。
あれは自分でもやり過ぎた気はしている。
でも、どう見てもあれは罠だった。
王家の。
私じゃなくて反王家派をハメたんだろうね。
私の正体? を知っている王家が囮として私を泳がせて、食いついた所を一網打尽にする。
多分、危機一髪で私を救出する手はずだったんだろうけど。
私は自力で撃退どころか叩きのめしてしまったという。
「グレースたちが来てくれて助かった」
ふと思いついてお礼を言ったら頭を下げられた。
「本当はあの卑劣漢が殿下の玉体に触れる前に対処する予定だったのですが。
想定外の妨害に遭って遅れましたことをお詫び申し上げます」
そうなのか。
「妨害って?」
「あの場にいた近衛兵の大半が敵側だったそうでございます。
駆けつけようとした我々を何だかんだと言って阻止しようと」
そうか。
思ったより組織的な行動だったらしい。
もし私が普通の淑女だったら有無を言わさずどっかの部屋に連れ込まれていたんだろうな。
ドアの前を正規の近衛兵で固められたら、おいそれとは出入り出来ない。
そして、実際の行為に及ばなくても「男女が同室で」という状況を作ってしまえる。
そうしたら言い抜けが難しくなっただろう。
でも私は普通の淑女じゃないから。
普通の公爵ですらない。
私は雌虎。
誇りと矜持を守るためなら血を見ることも厭わない。
万一どこかの部屋に連れ込まれても相手を半殺しにするだけだった。
それでも醜聞がついてまわるだろうね。
だから私はみんなの前で潰した。
あの、何だったかの令息が不憫だとは思わない。
貴族なんだから、自分がやったことの報いは黙って受けるべきだ。
「やはり、古き青き血の」
グレースが何か呟いているけど聞こえない。
まあいいや。
でも気にはなるなあ。
「私、どんな風に思われたかしら」
つい呟いてしまったら意外な声がした。
「大評判でございます」
おお、いつのまにかいるではないか家令。
相変わらずピシッとした姿勢で直立している。
何かこの人、イメージが私の前世の人が観ていたアニメとかで時々出てくる有能な執事そのものなのよね。
実際にも凄腕の家令だし。
「悪評でしょう」
「半々でございます」
「王党派と反王家派?」
「いえ。
入り乱れておりまして」
家令が苦笑した。
「そうなんだ」
「それぞれ、立場がございますからな。
殿下を上手いこと利用しようと考えていた一派は大打撃を受けております」
それはそうか。
舞踏会場に自らぶちのめした貴族令息を引きずってきて血まみれのドレスで告発するような凶人を操るなんて無理だ。
「王家の方々も賛否両論ですな」
「何で?」
あの状況を作ったのは王家でしょうに。
「やりすぎだ、という声が大きいようで。
もちろん、あの事件で反王党派は深刻な打撃を受けております。
特に当事者とその寄親は面目丸潰れで、早くも責任のなすり合いが始まっているとのこと」
「まあ、証拠も証言も出放題だろうしね」
「はい。
何より殿下が自ら告発したわけでして。
既に正式な調査が始まっております」
早いな。
それだけ生存競争が厳しいんだろう。
文字通り生きるか死ぬか。
今更ながら恨むよお祖母ちゃん。
あんたがメイドの分際で元王子の公爵なんかと契らなければこんなことには(泣)。
「王家からも文句が出てるの?」
「文句というよりは不安でございます。
殿下の苛烈な性格を今更ながら再認識されたようで」
「あー、そうでしょうね」
本当言えば王家こそ私を操り人形にしておきたかっただろうに。
私って私の前世の人の世界で言う時限爆弾、というよりは不発弾みたいなものだから。
何せ旧王家の直系。
現王家の対立勢力にとっては錦の御旗になり得る存在だ。
しかも王家が自ら血統の正当性を証明してしまった。
私を押し立てて反乱を起こすことも可能なのよね。
「拙いかな」
「そうでもございません」
家令が不敵な笑みを見せた。
「例えば国王陛下は大喜びとのことでございます」
「何で?
自分が叙爵した公爵が狂犬だったのに」
「側近に『デレク様の再来だ』とお漏らしになられたそうで」
えーと。
「デレク様って私の祖父上でしたっけ」
前王家の王子だったから、今の王家とはもちろん親戚だ。
現国王陛下の叔父とかだった。
婚約破棄やらかして前王家を潰した張本人だ。
確かに。
私に勝るとも劣らない凶人ではあるなあ。
家令が懐かしい表情になった。
「はい。
デレク様はお身体こそ丈夫ではございませんでしたが性格は大胆不敵、いっそ苛烈な方でございました」
あれ?
「知ってるの?」
「もちろんでございます。
当時、私はまだほんの子供でございましたが、それでもデレク様の捨て身の快挙の理由は教えられておりました。
ご自身どころか王家自体を投げ捨ててもテレジアを守った英雄でございます」




