152.公称
騎士団長と家令の前に衝立が置かれ、メイドさんたちが私のドレスを脱がせる。
ああ、そうか。
普通なら淑女の着替え中に殿方が同室するなどもっての他だけど、私は公爵だ。
公務中に配下が報告しているんだから、それを中断するわけにはいかない。
私は別に気にしないからいいけど。
「あの子息とやらはどうなるの?」
聞いてみた。
「無論、厳重に処罰されます。
お付きや同席した近衛兵も尋問の上、裁判にかけられます」
「わざわざ裁判を?」
「それが法というものでございます」
それはそうか。
私の前世の人が読んでいた小説だと、王様や王子様が独断で処刑したりしていたけど実際には無理だ。
法治国家の建前は通す必要がある。
「茶番ね」
「それを言ってはなりません」
「判った。
気をつける」
ドレスが整えられ、髪も結い直されると衝立が取り払われた。
騎士団長と家令は同じ姿勢で待っていた。
凄いな。
「判りました。
他にやることは?」
「とりあえずはお休み下さい。
後は我々が処理いたします」
家令が言ってくれたので、ありがたく従うことにする。
「判った。
下がってよし」
「「は」」
一礼して去る殿方たち。
本物ね。
ついこの間まで男爵家の小娘だった私に従うことを当然と思っている。
公爵に叙爵されたから。
身分ってそういうものだ。
「ご入浴なさいますか?」
グレースが聞いてくれたけど面倒だ。
それに今になって反動が出てきているのよね。
手が震えるのを止められない。
「いらない。
すぐに寝ます」
「お心のままに」
あれ?
何かメイドの様子が変わっている気がする。
今までみたいな道化た部分がなくなってない?
まあいいけど。
それから私は寝室に案内され、ネグリジェに着替えさせられてベッドに放り込まれた。
何のためにドレスに着替えたのか(泣)。
まあいい。
今は眠りたい。
手の震えが全身に広がってきたのよ。
でもこれ、怖くてじゃなさそう。
武者震い?
ヤバい。
心が孤児に戻っちゃってるのかも。
とりとめもなく考えているうちに眠ったらしい。
ふと目が覚めると辺りは真っ暗だった。
窓のカーテンが閉まっているみたい。
「殿下」
起き上がると間髪を入れず声がかかった。
「グレース」
「お目覚めでございますか。
ご要望は」
いやサービス過剰なのでは。
でも言われてみたら喉が渇いている。
ていうかご不浄が切羽詰まっているよ!
すっかり忘れていたけど、舞踏会場を出たのはお花摘みに行くためだったっけ。
「その、お花」
「かしこまりました」
一瞬、壺が持ち込まれるのかと思って戦慄したけど違った。
さすがは王宮の客室。
ちゃんと独立したトイレがあった。
ここが私の前世の人が読んでいた乙女ゲーム小説の世界だから?
まあ何でもいいけど助かった。
出すものを出してほっとしたら、急激に空腹と喉の渇きが襲ってくる。
「何か食事を」
「ご用意してございます。
ですがその前に」
着替えさせられた。
ネグリジェのままでは駄目らしい。
室内用だけどそれなりに豪華なドレスで別のお部屋に案内されるとそこは食堂だった。
専用のお部屋だ。
つまり「客室」とは寝室や応接室や食堂にお風呂、トイレまで揃った独立した生活空間を意味するのか。
さすがは王宮。
というよりは私の身分が公爵だからなんだろうね。
この国でも有数の高位、いや最上位の貴族。
王族を除けば上から何番目とかだ。
身分だけは。
ひょっとしたらトップテンに入るかもしれない。
王族と言っても国王陛下と王妃殿下、それに王太子殿下以外は「王家の者」という扱いだ。
王太子妃も入るか。
王家の者はすべての貴族の上に立つ。
でも単なる王子や王女だったらそれは爵位じゃないから。
敬意を払われはするけど、公的な場では爵位持ちの方が「偉い」。
礼儀の講義で習ったけど、王子や王女は「公称」であって身分ではないみたいなのよね。
つまり王国法に定められた正式な爵位ではない。
だから国王陛下が独断で剥奪や廃嫡出来るし臣籍降下も明白な理由がなくても可能だ。
実際にはあれ、降下や降嫁というよりは王家の者というだけの身分の王子や王女といった無爵者に貴族籍を叙爵するというものなのよ。
王子や王女は爵位じゃないから、それを取り上げるということにはならない。
もちろん後で議会とかを通さないといけないけど、基本的にはそれって国王陛下の権利だ。




