151.告発
そして、ようやく味方が駆けつけてきた。
オロオロしている近衛兵が突き飛ばされ、私のメイドを先頭にテレジア公爵家の護衛騎士たちがどっと押し寄せて来て。
私は泣きわめく美男をやっと手放した。
すかさず私の護衛騎士たちが美男を後ろ手に拘束して引き立てる。
そのまま全員で舞踏会場に引き返す。
あたふたしている近衛兵たちを蹴散らし、阻止しようとする王宮執事たちを振り払ってドアをバーンと開け放って踏み込むと、笑いさざめいていた方々が一斉に振り返った。
優雅な演奏が止まる。
「何事か?」
静まりかえった会場にお声が響いた。
国王陛下。
芝居が上手いな。
「告発します!」
進み出て堂々と叫ぶ。
「たった今、この先の廊下で狼藉を受けました!
無礼にもテレジア公爵に侮辱的な呼び方で声をかけ、あまつさえ強引に掠おうと。
たしなめると理不尽にも激高し、押し倒されました!」
後ろから「いやそれは」「誤解で」とかいう声がしたけど聞こえない。
「あまりの狼藉に抵抗したところ、そのまま襲われました!
近衛兵はそれを止めようともせず」
「違います!」「そんなことは!」というような声は無視する。
私は言葉を止めると呼吸を落ち着かせた。
それから。
「これが貴族のやることか!」
私の渾身の叫びは舞踏会場に響き渡った。
凍り付く皆様。
ビビッている?
「殿下」
後ろからグレースの何かを押し殺したような声がした。
「装いが汚れております。
どうかお着替えを」
言われて胸元を見たら血が飛び散っていた。
あー。
美男の顔の傷から出血したか。
血まみれのドレスを皆様に見られてしまった。
振り返れば美男は厳重に拘束されて床に押し倒されている。
やけにドレスについた血が多いと思ったら鼻血を盛大に吹き出していた。
鼻を打ったな。
まあいい。
「テレジア公爵」
国王陛下がいつの間にか近くに来られていた。
その後ろには王政府の重鎮の方々。
モルズ将軍閣下なんか無表情なのにこっそり握り拳に親指立ててるぞ?
いいのかよ。
私は咄嗟に礼をとった。
国王陛下の御前だからね。
「災難であったな」
「いえ」
「痴れ者には責任をとらせる。
どうか気を静められよ」
「おおせのままに」
「そのなりでは舞踏会を楽しむわけにはいくまい。
退出を許す」
というわけで、静まりかえった舞踏会場を後に私は退場した。
いや、別に興奮もしてなかったけど。
芝居に乗ってあげただけだから。
まあ、溜まった鬱憤をぶちまけちゃって、やり過ぎたのはちょっと反省。
グレースやサンディ、護衛騎士たちに囲まれながら私にあてがわれたという王宮の客間にたどり着くと、私はソファーに身を投げ出した。
さすがに疲れたぜ。
グレースを先頭にメイドさんたちがわらわらと着替えの準備をするのをぼんやり見ていたら、目の前に立った人がいた。
「お嬢……殿下」
呆れたような、疲れたような表情で呼びかけてくる公爵家近衛騎士団長。
いたのか。
「やり過ぎでございます」
「でも効果的だったでしょ」
つい令嬢、いや女子高生モードで言ってしまってから言い直す。
「あのくらいは当然だ。
ところで奴は何者だ?」
するとすっと隣に立った公爵家家令が軽く言った。
「タラント伯爵家のフェルデナンド殿でございます。
遊び人として有名で」
「つまりは女衒か」
ヒースさんは肩を竦めた。
やっぱり。
私を誘惑してどうのこうのという話だったんだろう。
私は外見がぽわぽわだからね。
ほとんど隔離状態で情報遮断していたから。
世間知らずで与しやすいお嬢様だと思われたと。
「当然、奴の独断じゃないわよね。
近衛兵も共謀していたみたいだし」
「ですな。
タラント伯爵の寄親はビジュー侯爵でございます。
派閥としましては」
「ああ、聞かなくていい」
手を振って遮る。
どうせ反王家派だ。
そんな情報を知ってもしょうがない。
私は貴族界で上手くやろうとか思ってない。
出来るはずがないから。
礼儀の講義でそれとなく教えられたけど、貴族ってそれこそ縦横無尽にコネが張り巡らされていて、簡単に白黒分けられるようなものじゃないらしいのよね。
王家を頂点とする階層構造ではあるのだけれど、上下左右以外にも斜めとか飛び石的に繋がっていて派閥や勢力を全部把握している人なんかいないそうだ。
王宮の近衛兵や使用人にしたって結局貴族家の者やその配下がやっているんだから、出身貴族家からの命令があったら従うしかない。
しかも、何かやるときは実行者と指示者は直接繋がってなかったりする。
はっきりとした命令すらなくて、忖度とか示唆とかで物事が動く。
失敗したら蜥蜴の尻尾が切れるだけだ。




