150.暴漢
つれて来られたのは軽食のテーブルが並んでいる場所だった。
着飾ったご婦人方が何か飲みながらお話ししているみたい。
その中心にいらっしゃるのは王妃様ではありませんか。
するとここは高位貴族の淑女や奥方の集まりか。
「よろしくお願いします」
シストリア令息が一礼して去った。
それぞれお役目があるらしい。
「ここにいらっしゃい」
恐れ多くも王妃様が招いてくれた。
それだけで追いかけてきていた殿方の群れが退く。
淑女障壁、パネェ。
更に私の周りを着飾った熟年の淑女様方が囲んだ。
外が見えない。
「喉が渇いたでしょう。
軽いおやつもあるわよ」
テーブルに案内されてグラスを渡される。
至れり尽くせりだ。
「ありがとうございます」
実際、立て続けに踊らされて喉がカラカラだった。
冷たいジュースが美味しい。
エネルギーを消耗したせいか猛烈に食欲が湧いたのでクッキーや小さなケーキを頬張っていると、周りの方々が笑いさざめいた。
「さすがでございます、公爵殿下」
「そんじょそこらの殿方ではお相手など出来ませんわよね」
「やはり古き青き血の」
いや、私の血は赤いから(泣)。
まあ、そんな感想になるのも判らなくは無い。
男爵令嬢がいきなり公爵にされて、平然とおやつ食っているって意味不明だろう。
私に前世の記憶がなければ天才というよりは異常者だ。
でもね。
私は前世持ちであると同時に孤児だったのよ。
孤児の気持ちなんかお貴族様に判る訳がない。
幼い頃からいつ死んでも不思議じゃない人生を送ってきた。
だから私は何も怖くない。
捨て鉢な気持ちというわけじゃないよ?
ただ、覚悟が出来ているだけだ。
正直言って、今のこの状況も仮初めのものだと思っている。
ある日突然、全部間違いだったと言われて孤児に戻っても不思議じゃない。
何というかなあ。
今の人生に執着がない。
自分でもヤバいと思うんだけど、これってやっぱり異常だよね。
少なくとも平民としては駄目だろう。
でも貴族って、ある意味似たようなものなんじゃないかと思うのよ。
私が今まで出会った貴族の方々のうち半分くらいには似たような覚悟を感じた。
何というか博打打ち?
安寧を求めつつも、いつでもそれを捨てられる。
それが貴族なんじゃないかと思うようになった。
だって貴族って国王陛下に「死ね」と言われたら死ななきゃならないのよ。
死に方は選ばせて貰えるみたいだけど。
それは殿方だけじゃなくて淑女も子息令嬢も一緒だ。
だからこそ、平民には得られない特権を享受出来る。
それが嫌なら貴族を辞めればいい。
私みたいに状況的に辞められない人もいるけど(泣)。
「落ち着いた?」
王妃様に話しかけられてグラスをテーブルに置く。
「はい。
もう大丈夫です」
「良かった。
切羽詰まった顔をしていたから」
うーん。
自分では平気なつもりだったんだけど、やっぱり追い詰められていたんだろうな。
確かにいっぱいいっぱいだったし。
でももう大丈夫だ。
そう思ったら急に尿意がこみ上げてきた。
ヤバい。
「あの、お花摘みに」
「ああ、そうね。
行っていらっしゃい」
王妃様の取り巻きの淑女の一人が「ご案内します」と言うので付いていく。
目立たないドアを抜けてちょっと歩いた所で気がついた。
しまった。
油断した。
いつの間にか前後に近衛兵がいる。
案内役の淑女がすっと離れたと思ったら、前方から誰かが近づいて来た。
「おや。
こんなところに妖精さんが」
背が高くて若くて金髪のキラキラ美男が両手を広げて近づいてくる。
後ろは近衛兵の壁。
廊下は狭くて避けられない。
更に美男の後ろにもお仕着せを着た人影が詰まっている。
ちらっと見回しても私のお付きはいなかった。
もともと舞踏会場には入れなかったから別の場所で待機しているんだろうな。
私の油断だ。
「お疲れでしょう。
どうぞこちらへ」
美男がぐいと手を伸ばしてくるのを見定めて、手が掠った瞬間叫んだ。
「無礼者!
名乗りもせずに何を勝手に触れるか!」
「……え?」
「名乗れ!
このテレジア公爵に無礼をはたらく痴れ者が!」
大声で叫びながら詰め寄る。
美男は一瞬、呆気にとられた表情を見せたけど、たちまち激高した。
「この……小娘が!」
それはそうだ。
私は外見上は小柄でポワポワな貴族令嬢なんだよ。
叫んだと言っても声は小さいし、チワワがキャンキャン吠えているようにしか見えないだろう。
そう見えるように演ったんだけど。
掴みかかってくる美男にわざと手を掴ませてから私は押された形でスッ転んだ。
「何をする!
狼藉者!」
今度はフルパワーで叫びながら髪飾りを掴んで思い切り美男の顔をひっぱたいてやった。
ザシュッ!
「ウギャー!」
情けなくも悲鳴を上げて顔を覆う美男。
顔を切った傷から血が飛び散る。
手を放したためにバランスを崩して倒れ込んできた美男の顔が私の胸に突っ込んだ。
あらま。
「であえーっ! 誰か! 襲われた!」
全力で叫びながらメチャクチャに手足を振り回す。
「ご令嬢!」
「落ち着いて下さい!
フェルデナンド令息にはそのようなおつもりは」
あまりの事態に硬直していた美男のお付きがワラワラと寄ってきたけど無視して叫び続ける。
「襲われた!
近衛兵!
何をしている。
こやつを斬れ!」
後ろの近衛兵を牽制することも忘れない。
どうせグルだろう。
私を美男から引き離したいだろうが、私に触れたら無礼になる。
なので美男を起こそうとしてくるけど、そうはいかない。
足も使って美男にしがみつきながら叫び続ける。
「誰かいないのか!
王宮内で狼藉だ!
暴漢を斬れ!」




