149.高位貴族って凄い
辺境伯様がスライドして消えると無言で定位置についた人が言った。
「見事だ。
テレジア公爵殿下」
「マリアンヌとお呼び下さい」
モルズ伯爵様。
というよりは王都第三師団の師団長閣下。
イケオジだ。
やっと判ってきた。
モルズ伯爵閣下はユベニア様のお父上だ。
やっぱり王家派なんだろうな。
だって王都を防衛する師団のトップだよ?
そんな人が反王家であるはずがない。
もしそうならとっくに更迭されているはず。
つまり、モルズ様たちのお茶会って高位貴族令嬢のお友達仲間じゃなくて、むしろ親や祖父世代の意向で集まっていたんじゃないだろうか。
派閥という奴?
だとすると、私があのお茶会に呼ばれたのって、ミルガスト伯爵様の令嬢の意図なんかじゃなかったことになる。
その頃から次期テレジア公爵の囲い込みが始まっていたと。
同時に私を見極めるためだったんだろうな。
更に言えば教育か。
モルズ様たちってお茶会を開きながら私の礼儀に駄目出ししていたものね。
何てこった。
全部仕組まれていたみたい。
しかも地雷原だった。
よく踏み外さなかったものだ。
「娘が失礼をした。
お詫びさせて頂く」
「無用です。
むしろ私からは感謝を」
曲はワルツだったのでターンしながら言葉を交わす。
モルズ様の踊りは何というかメリハリが利きすぎているような気がする。
軍人だから?
「すまんな。
滅多に踊る機会がなくて」
「仕方がないかと。
軍務が優先でございましょう」
「判ってくれて有り難い。
今回も陛下の命令でやむなく」
そうなの。
大変ですね。
現役の将軍閣下だったら舞踏会でフラフラ踊っている暇なんかなかろう。
出席はしてもどなたかと会話して終わりなのでは。
「若い頃は散々踊ったものだが」
「今でもお見事と思います」
私は何をおべんちゃら言っているのか。
でも実際、踊りやすいのよね。
肉体派だからかなあ。
無意味な応酬をやっているうちに曲が終わった。
「次は私だ」
はいはい。
シストリア侯爵閣下。
お屋敷にお邪魔したときにご挨拶させて頂いたことがある。
「よろしくお願いします」
何してる人だったっけ。
忙しすぎてお屋敷に帰れないという話だったけど。
踊り出す。
続けてワルツなので助かった。
さすがの私でもこうもぶっ続けではグロッキー気味だ。
それが判っているらしくてシストリア侯爵閣下のリードは落ち着いていた。
変な捻りとか急な加速とかがまったくない。
お手本みたいな踊りだ。
しばらくお互いに黙って踊っていると不意に言われた。
「ご苦労をかける。
出来るだけの援助はする」
いきなり何でしょうか。
「……とのお言付けだ」
「……陛下から?」
「そうだ」
思い出した。
この方、これといった役職にはついてないんだけど宮廷に出仕しているのよね。
国王陛下の懐刀。
つまり参謀か。
ある意味、そのお言葉は国王陛下の直言に等しい。
「ありがとうございます、とお伝え下さい」
「うむ」
それ以上は何も言わない。
伝言板に徹するおつもりらしい。
それにしても皆様、たかが元男爵家の小娘に期待しすぎではないのか。
何度でも言うけど私が普通の男爵令嬢だったらとっくに潰れてるぞ?
私は大丈夫だけど。
ていうか、だんだん面白くなってきたりして。
何というか、今までは規則も判らないゲームをさせられていたのに、ここに来て勝利条件が見えて来た気がする。
生き残ればいいのよね?
私の場合、特に何かやりたいこともないし、サバイバルだったら今までやってきたことと同じだ。
問題ない。
例え負けて殺されたりしても、孤児院にいたままだと同じような結末になっていたはず。
だから私は何も怖くない。
そう決めたら心が落ち着いた。
ダンスが終わる。
お互いに礼をとると、後ろからふわっと腰を抱き抱えられた。
「こちらへ」
振り向いて見たらシストリア子爵令息だった。
例の歌劇の企画会議で顔を合わせたから知っている。
シストリア侯爵閣下の直系のお孫さんだ。
誘導されて歩き出すと周りに集まっていた殿方たちが置いてけぼりにされていた。
危ない危ない。
次のダンスのパートナーとして狙われていたらしい。
「ありがとうございます」
「お祖父様の命令ですからね。
疲れているだろうからひとまず休んで頂きたいと」
言葉が丁寧なのは私が公爵の爵位持ちになったからだな。
前に会った時は可愛いとか言っていたのに、今は真面目腐ってつけいる隙もない。
やっぱり高位貴族って凄いなあ。




