146.本質
メイドさんたちに全身を点検して貰ってから私はお部屋を出た。
露払いに家令見習いが先頭を進み、その後ろは家令と私だ。
私は家令にエスコートして貰っている。
貴族令嬢が一人でずんずん歩くって、まあないのよね。
既に舞台が始まっているし。
私はもう公爵なんだけど、見た目は令嬢だからエスコートがないと不自然になる。
私の後ろは専任侍女と専任メイドがお仕着せのままついてくれている。
でも、会場に入れるのは私だけだ。
家令ですら身分はともかく役職から正式には入場出来ないみたい。
つまり舞踏会場には私一人で突入するしかない。
孤立無援か。
いいでしょう。
これまでと一緒だ。
私はいつも一人だった。
親兄弟もいないし誰かに保護されたこともない。
それでも生きてきた。
自力で。
孤児はそのくらいでないと生き残れなかったのよ。
実際、孤児院では弱かったり甘えた考えだったりした奴から死んでいった。
ああ、そういえば孤児院時代って今と同じじゃないか。
上等だ。
舞踏会場になっているという広間の扉が見えたので、そのまま入るのかと思ったら横に逸れた。
「こちらへ」
護衛が近衛兵に変わった。
正確に言うと私たちの前後についたんだけど。
守っているというよりは護送だろうね。
そのまま目立たない扉をくぐってしばらく進む。
「テレジア公爵殿下がおいでになりました」
近衛兵が言うと扉が重々しく開く。
促されて進む。
家令もここまでだ。
家令見習いやサンディ、グレースなどはとっくに置いて行かれている。
つまり。
「おお、よく来た」
正面のソファーに国王陛下がいらっしゃった。
右側には熟年のもの凄い美女。
高く結い上げた見事な銀髪に貴婦人そのもののお顔で、瞳は碧。
王妃様だ。
そして左側に中年に差しかかったくらいの人。
やっぱり美形だから王太子殿下だろうね。
容姿もそうだけど特徴的な「王家の瞳」ですぐに判った。
つまり王室勢揃いか。
私はその場で深く礼をとった。
「マリアンヌ・テレジアでございます」
反射的に出るようになってしまった。
礼儀の先生に言葉の鞭で叩き込まれたのよね。
もはや条件反射。
「シャリーネよ。
よろしければシェリーと呼んでちょうだい」
熟年美女がにこやかに言った。
穏やかな声だけど身体の芯に届くようなお言葉だ。
やっぱ王族、半端ない!
国王陛下より怖いぞ。
「タレルだ。
君とは又々従兄弟になる」
王太子殿下が軽く言った。
さいですか。
世代が違うような気がするけど、王族や高位貴族の年齢って判らないからね。
私の母上って結構な歳で私を産んだのかもしれない。
まあいいや。
私は黙って礼を続けた。
だって顔を上げろと言われてないものね。
しばしたって国王陛下が慌てたように言った。
「ああ、すまない。
顔を上げてくれ。
つい、親戚だと思って失念していた」
やっとか。
冗談じゃないよ!
こっちは地雷原に踏み込んでるのに。
しかし国王陛下に親戚呼ばわりされるか。
王太子殿下も臣下に対するお声がけじゃなかったし。
この人たち、本気だ。
「では失礼して」
ゆっくりと礼を解く。
「こちらへ」
誰か、王宮執事らしい人が手で招くので進むと、何と国王陛下が私の隣に立った。
え?
こういう時の随伴って普通は王太子殿下じゃないの?
戸惑ってご無礼にも国王陛下をチラ見したら苦笑された。
「タレルに御身の随伴を断られてな。
あれでも妻帯者だから妻に誤解されたくないそうだ」
「そんなことは」
でも国王陛下も妻帯者ですよね?
しかもお妃様が隣で笑っていらっしゃるのに。
「妃には今回だけ目を瞑ってもらった」
「こんなに可愛いのですもの。
息子の気持ちもよく分かるわ」
王妃様も結構砕けてるなあ。
私の前世の人が読んでいた軽小説じゃないんだから、もっと重厚にふるまって頂いてもいいのに。
ていうか私の調子が狂う。
孤児院出の庶子なんだよ、私の本質は。




