142.デビュタントそして授爵
まあ、今までと同じだ。
私は生まれてこの方、ずっと生き残りやってきたんだしね。
孤児だった頃は本当にヤバかった。
孤立無援な上に力も知識も何もなかった。
それに比べたら今は恵まれている。
私も戦う力を手に入れたし、なぜか守ってくれる人たちもいる。
負けてたまるものか。
でもねえ。
私自身にはこれといった目標がないのよ(泣)。
どうしたいとか、どうなりたいとか皆無。
今まで生き残るので精一杯だった。
暗い気持ちで窓から外を眺めていると、馬車は王宮の壁に沿って進んで裏門に向かっているようだった。
これは別に裏口というわけじゃなくて、むしろ平民や並の貴族には通れない貴顕専用の出入り口だ。
まだ私の身分はたかが男爵の子女なのになあ。
つくづく役者不足。
馬車が停まり、私は王宮に連行された。
廊下を延々と歩いて階段を上り、また歩いて着いた場所は超豪華なお部屋だった。
壁一面に色々なタペストリーがかかっていたりして。
謁見室って奴?
そんなに広くないけど入り口と反対側に一段高くなっている所があって、豪華な椅子がある。
玉座か。
いかにも王様が座りそう。
私の前世の人が観た絵物語に出てきたのとそっくりだ。
ああいうのは正しいみたい。
「お掛けになってお待ちください」
お仕着せを着た立派な風采の中年の人に言われて壁際の椅子に腰掛ける。
サンディたちは壁に張り付いて立った。
誰かが来るまで待機か。
それはそうだ。
私が後に来たら王家の人を待たせることになってしまう。
略式とはいえそれは拙かろう。
いつの間にかいた家令が顔を寄せてきた。
「これから成人式と叙爵式が略式にて行なわれます。
何か聞かれたら『はい』とだけお答えください」
そんなのでいいのか。
まあいいけど。
徹頭徹尾、私の意思なんか関係なさそう。
それからしばらく待った。
長くなるとトイレが怖いなとか思っていたら声が響いた。
「国王陛下がご来場なさいます。
頭をお下げください」
いやその前に跪かなくちゃ駄目でしょう!
慌てて立ち上がってから膝を曲げて頭を下げる。
すぐにどやどやと人が入室してくる気配があった。
それはそうか。
王様が一人で動くはずが無い。
随員、すごいんだろうな。
見えないけど。
しばらくして「頭を上げよ」というお声がかかったので正面を見たら国王陛下がいた。
いやおられた。
すぐに判った。
お姿も印象的だったけど、吸い寄せられるように見えたお顔の瞳が鮮やかな紫色だ。
輝いてない?
殿方なのに妖艶な雰囲気がある。
こんな風に見えるのか。
私は自分自身以外の「王家の瞳」をほとんど見たことがなかったから衝撃が凄い。
しかもそれ、鏡に映った奴だからイマイチなのよね。
私もあんな風に見えるんだろうか。
そこでやっと周りの様子が見えて来た。
もちろん国王陛下が一人でいるはずがなくて、周りには随行が数人立っていた。
後ろにはもっと。
取り巻きの一人が進み出る。
「これよりサエラ男爵家令嬢マリアンヌ殿の成人式を略式にて行います」
それから私は立たされて何か言われて「はい」と応えたら、それでおしまい。
私の前世の人が読んだ小説だと貴族令嬢の成人式は白無垢のドレスを着て王宮に行って国王陛下からお声がけを頂いて、その後にダンスするというものだったけど。
別にダンスは必要なかったみたい。
とりあえず国王陛下に認識されたらそれで良かったらしい。
でも私、国王陛下と会話どころか謁見されたのも初めてだ。
ていうか観たこともなかった。
私の兄のイケオジ男爵すら滅多に会えない方だものね。
それがたった一人の貴族令嬢のために時間を割いてくださったってことは、それだけ王政府にとって重要な話ということか。
別に私が重要人物だとかではなくて、多分テレジア王国の問題なんだろうな。
私はむしろ問題児?
「続いて叙爵式を行います。
マリアンヌ・サエラ殿」
呼ばれて「はい」と返事する。
国王陛下が頷いて長々と話し始めた。
その時やっとまともに陛下を観たんだけど、やっぱりイケオジだった。
王族って美形が多いよね?
どうしても「王家の瞳」に目が吸い寄せられるけど。
ぼやっと観ていたら王様が「マリアンヌ・サエラをテレジア王国公爵に叙す」と言って言葉を切った。
「跪いて」
誰かに言われたので礼を取りながら片膝をつく。
すると侍従が進み出て王様にお盆を差し出すのが見えた。
りっぱな肩章が載っている。
王様が自らその肩章を私の肩に掛けてくれた。
「立ちたまえ。
マリアンヌ・テレジア公爵」
「は」
正面から王様と相対する。
背が高いな。
というよりは私の背が低いのか。
国王陛下が優しそうな表情で私を見てから言った。
「デレク様の面影があるな。
その表情などそっくりだ」
「祖父上をご存じなのですか」
恐れ多くも聞いてしまった。
いいのか?
私、まだ王様の名前知らないんですが。
「子供の頃に遊んで貰った覚えがある。
デレク様は余にとっても親しい叔父のような関係であったのでな」




