135.レアケース
そうやって毎日が過ぎていく。
お城に連れてこられた時は、すぐに色々始まるのかと思ったけどそんなことはなかった。
どうもあれは緊急避難というか、ミルガスト伯爵邸では万一の場合、私を守り切れないということで強引に転居させられただけだったらしい。
離宮なら平民はもちろん下位貴族でもおいそれとは近づけないものね。
高位貴族なら何とかなりそうだけど、今度は理由がない。
高位貴族の遣い、という人は門で食い止められる。
貴族ご自身なら別だけど、そういう人たちは普通、自ら足を運んだりはしない。
お忍びとか非公式に、ということも無理だ。
王宮に入るんだったら正式に願い出て許可されないといけないから。
それ以外の事をやったり指定の場所以外に踏み入ったら処罰される。
お役についている、つまり宰相府の何々とかの人なら出来るだろうけど、そういう方はむしろ王家に近いから私に接近する意味がない。
というわけで、私は家庭教師の方々についてひたすら勉強していた。
と言ってもダンスと、あとは礼儀くらいだけど。
学院に行けないからそれ以外は勉強しようがないのよ。
ただし語学というか外国語の会話についてはグレッポ先生以外にも何人かの教師が来てくれた。
読み書きは混乱するからというので会話だけだ。
「お嬢様は言葉というよりは音に関する感覚が優れておられますな。
これは言語学習には大きな力になります」
どなただったか教師の一人が言ってくれたけど、それは本当だった。
自分ではそうかな? と思う程度なのに私の言葉はちゃんとその国の発音になっているそうだ。
「文字ではなく発音から覚える場合、本来の人間に習うのが一番だ」ということで私の先生は外国人が多かった。
それってヤバくない? と思ったけど大丈夫らしい。
「身元調査は万全にしておりますし、その上で守秘義務契約を交わしております」
コレル閣下が保障してくれた。
そう、コレル閣下がいつの間にかこのお城にいたのよね。
最初からここの住民だったみたいにしれっと晩餐に参加していて驚いた。
やっぱり一筋縄にはいかないな。
「ミルガスト伯爵家はどうしたんですか?」
「辞めました。
准男爵位も返上しまして」
「いいんですか?」
「男爵位を頂きました」
さいですか。
極秘裏に王宮に呼ばれて、近い将来復権したテレジア公爵家に仕えることを条件に授爵したらしい。
「昇爵では?」
「准男爵位はミルガスト伯爵家の従属爵位ですので。
今回賜ったのは王家から頂いた正式な爵位ですね」
ああ、そういえばコレル閣下の准男爵位ってミルガスト伯爵家の一部領地に付随しているものだったっけ。
その領地の名目的な領主になることで准男爵を名乗っていたんだった。
渉外のお仕事の箔付けね。
「今は法衣男爵です」
色々あるなあ。
まあどうでもいいんだけど。
「テレジア公爵家の家令になったんですか?」
聞いたら苦笑された。
「男爵では公爵家の家令は務まりません。
お嬢様、いえ公爵付きの専任執事といったところです」
公爵家ともなると執事も爵位持ちなのか。
まあ、国王なら侍従が伯爵だったりするものね。
私も随分詳しくなったなあ。
毎日毎日、テレジア王国の貴族について嫌と言うほど叩き込まれ続けている成果がここに(泣)。
「そういう理由でよろしく」
「はあ」
いつの間にかミルガスト伯爵家にいた頃みたいな体制になってしまった。
今のところは正式なものではないんだけど、私の専任メイドがグレース、専任侍女がサンディ、そして専任執事がコレル閣下。
気安いといえば聞こえは良いけどマンネリ?
もっともグレースの下には2桁のメイドがいるし、サンディも筆頭専任侍女とやららしい。
みんな出世してるんだなあ。
私?
私の身分はまだ男爵家の子女。
伯爵家の育預って、ミルガスト伯爵家を出たら意味ないし、それ以外には何もないので。
ただ王宮の離宮になぜかお客様として滞在しているだけという。
こんな変な乙女ゲーム小説ってないよね?
王太子か誰かに囲われるというのならまだしも、そんな人の影もないし。
そもそも今のテレジア王家には攻略対象的な王子様はいない。
王太子殿下は確か三十代で、割合若い頃に妃を娶られてご子息やご息女、つまり王子や王女もおられる。
でもその方々ってまだお歳は一桁なのよね。
ありそうな王弟とかもおられない。
ていうかそういう人たちはみんな臣籍降下してしまっているし、王太子殿下の御弟君すら侯爵家に婿入り済みだとか。
乙女ゲームの成立条件が徹底的に破壊されている。
私はいても攻略対象が皆無って。
私はまだデビュタント前だから出会いがないし、学院にも行けなくなってしまった。
そもそも学院では男女同席は禁止だし。
ダンスパーティやお茶会にも出られない。
さらに言えば、私の相手になりそうな年代の殿方ってみんな生き残りに必死で色恋沙汰には無縁だ。
生活と将来がかかっているから女なんかに構っている暇はない。
そして私自身は王家の陰謀? に巻き込まれて公爵にされそうだという。
女公爵って許されるのかと聞いたら有りだそうだ。
テレジア王国は女性の爵位継承を認めている。
実際には滅多に無いらしいけど。
でも候補者や適任者がその人しかいないとなれば、淑女だろうが未亡人だろうが授爵出来る。
もっともレアケースであることには違いない。
乙女ゲームじゃないよねもう。
ヒロインが自分で成り上がって爵位持ちになるって、どっちかというとRPGなのでは。
いや現実はゲームじゃないのは判っている。
私としては流されるだけだ。




