131.ダンス
「お嬢様」
「今度は何?」
「デビュタントまで日がございません。
学業は一時中断して社交を練習して頂きます」
はいはい。
礼儀だったらモルズ様のお茶会で散々叩き込まれたんだけど。
ダンスだって基礎は習ったし。
違った。
その日の午後から早速、ダンスの練習が始まった。
ダンス教師に来て頂いてひたすら踊る。
「そこでターン!」
「足下を見ない!」
「視線が重要です。お相手から目を離さないで」
厳しい(泣)。
ちなみにダンス教師は女性だった。
背が高くて凜々しい中性的な男装の麗人だ。
デビュタント前の令嬢に教えるのに若い殿方だと色々支障があるらしい。
「惚れられるとか?」
「それもありますし、むしろダンス教師側が積極的になりかねないので」
まあ、貴族令嬢をたぶらかしたら色々と美味しそうだものね。
ちなみに今回のダンス教師は一人ではなかった。
三人いて、それぞれ得意分野が違うそうだ。
贅沢な。
公爵家ともなると教育にも金の糸目はつけない。
湯水のように使っているらしい。
「皆さんはどういったご関係なのですか?」
ダンス練習が一段落した後、休憩を兼ねて簡単なお茶会を開いてみた。
ごく私的な場なので無礼講だ。
最初に紹介された時にお名前くらいは聞いたけど、その他はよく判らないから知りたくて。
場所は応接室というか、私が住んでいるこのお城の客室の一部屋。
恐ろしいことに専用のお部屋がある。
テーブルについているのは私とダンス教師の三人。
全員女性なのよね。
貴族女性かどうかは判らない。
三人は顔を見合わせていたけど、リーダーらしい背の高い中性的な男装美女が言った。
「私たちはグループというか、仲間ですね。
具体的には学院で知り合って一緒に仕事しているのですが」
「まあ、やはり学院出なのですね」
だと思った。
だって公爵家に呼ばれたのよ?
そこら辺の平民のはずがない。
下位貴族にしたって礼儀が怪しい。
つまり高位貴族家出身?
「いえ。
みんな男爵家の子女です。
淑女になってどこかに輿入れしろと学院に放り込まれまして」
頭を掻きながら言う男装美女。
「無理でした」
少し小柄な方が言った。
黒髪に黒い瞳で、華奢にみえるけどとんでもない。
動きが速くてアクロバット的なダンスが得意らしい。
実はちょっとライバル心が疼いたりして。
近接格闘なら私も負けない。
「淑女、という概念がそもそも判りません」
三人目はごく普通というか、平均的な体格の方だった。
茶髪で茶色の瞳のどこといって特徴がない、逆に言えば万能型?
皆さん、お歳はそれぞれ二十代後半から三十代くらいに見える。
でも女性は化けるからね。
公爵家に家庭教師に来ているんだからバリバリにチューンしているはず。
「私共は全員、貴族の社交が苦手というか壊滅的ですので。
礼儀もなかなか覚えられず」
「どこかに輿入れして家内を取り仕切るなど出来るはずがありません。
家事も苦手ですし」
「体力には自信があるのですが」
皆さん、残念だった。
私の前世の人の言葉で言うと体育会系?
前世だったらスポーツ選手になっているかも。
「騎士になろうとは思われなかったのですか?」
女性騎士ってそれなりには需要があるはずだ。
実際、私も公爵家を継いだら女性の騎士が護衛につくことになっている。
体力自慢ならそっちの方がいいのでは。
「もっと無理ですよ」
一番騎士に向いてそうな男装美女が言った。
「お嬢様はご存じないようですが、高位貴族の淑女につく女性騎士はまず、礼儀が一番です」
「そうなのですか」
「主人を不快にさせないように、また快適に過ごせるように環境を整えるのがお役目です。
淑女でしたら殺伐とした雰囲気の護衛なんかそばに置きたくないでしょう」
それはそうかもしれないけど。
「ですが、護衛なのでしょう?」
「高位貴族の淑女の護衛女性騎士が自ら戦う局面になったら、その時点で詰みです。
そこに至るまでの防衛体制が全部突破されたということですから」
言い切る男装美女。
「なので、女性騎士のお役目はご主人の身代わりになって刃をその身に受けつつ時間を稼ぐことですね。
あまり武勇は必要ありません」
「お詳しいですね」
「一応、進路のひとつとして考えておりましたもので。
調べて、これは私には無理だなと」
「それに女性騎士って結構狭き門なんですよ」
小柄な黒髪少女が口を挟んだ。
「身分はともかく家柄が重視されます。
近親に怪しい者がいたら一発で拒否されますし」
「私たちは、その、怪しくはないのですが清廉潔白という家系ではありませんので」
苦笑しながら言う万能型の方。
お名前なんだったっけ。
紹介されたけど忘れた。
「それでダンス教師に?」
「はい。
このイルマが劇場の指南役にコネがありまして」
小柄な黒髪少女? を示す男装美女。
イルマさんか。
家名は判らないけど男爵家の人か。
「学院に通いながら弟子入りしまして、鍛えて頂きました」
「叔父なんです。
押しかけ弟子でしたけど、独り立ちするのに三年くらいかかりました」
黒髪少女が頷いた。
「授業料取られたのよね」
「それどころか何かというと助手でかり出されて」
「まあ、それでお仕事が出来るようになったんだから」
色々あったらしい。




