126.学院生
「あの私、受講すらしてないのですが」
「推薦があってね。
歌劇の原作や楽曲を執筆したということで十分と判断した」
さいですか。
高位貴族令嬢のお茶会で歌ったいい加減な歌のせいでメダルが貰えてしまった。
これはあれだね。
忙しくて学院に通えない高位貴族の子弟とかが実績を持ってメダルを授与されるという奴だ。
「ありがとうございます」
「私もその歌劇を観たが、実に面白かった。
次回作も公開間近というではないか。
楽しみにしている」
好きにして下さい(泣)。
とにかくこれでメダルが3つ集まったから学院を辞めようと思ってコレル閣下に相談したら拒否された。
「駄目だ。
君はデビュタントもまだだろう」
「それはそうですが。
でも家庭教師に教えて頂いていますし」
「未成人という立場は弱い。
しかもまだ身分は男爵子女だ。
伯爵家の育預とは言っても、それは貴族界では公的とは言い難い。
しかも後ろ盾が伯爵家だけではな。
学院に通っている間は言わば、学院の権威が君の盾になっている。
少なくともデビュタントを済ませて公爵家を継ぐまでは退学は待て」
そうか。
私は前世の人の言葉で言う「学生」だったらしい。
学生は学校に所属することで、その身分を保障されているんだった。
つまり誰かが私をどうにかしようとしても「まだ学院に通っているので」という言い訳で回避出来ることになると。
少なくとも成人までは学院に留まり続ける方が良いということね。
判りました。
幸い、受講する講座は学院生が自由に選べることになっている。
そして登録した講座の講義に出席するかどうかも生徒の自由だ。
つまり極端に言えば、まったく講義を受けなくても学院に在籍は出来る。
どこかの講座に登録だけしてサボっていても何も言われない。
貴族は学院生である前に貴族としての義務があって、そっちが優先されるから。
なので私は家庭教師に習っていない分野の講座にお邪魔して登録した。
外国語の会話は家庭教師の先生とでは一対一でしか話せないから不特定多数とやりとりできる講座は有効だ。
テレジア語は続けるとして、神聖語やゼリア語やシルデリア語などの講座にも参加することにした。
といっても会話だけ、それも基礎だ。
読み書きについては家庭教師のグレッポ先生か、そうでなければ先生が紹介してくれた人に習う。
益々忙しくなったけど、私は平気だ。
だって元孤児だよ?
孤児は生き残るためだけでも全力で走らないといけない。
物心ついた頃からずっとやってきたからね。
人間、命がかかっていると思えば大抵の事は出来るものよ。
それに私、今更ながら気づいたんだけど身体が丈夫なのよね。
今まで病気らしい病気をしたことがないし、体調が悪くなっても一晩寝たら回復する。
普通の貴族令嬢が毎朝頭から井戸水被っていたら寝込むだろうけど私は平気だった。
ヒロインのチートって奴?
私の前世の人が読んでいた小説って、勇者や聖女とかはメチャクチャ丈夫だったもんね。
どんなに酷い状況でも、死ぬような目に遭っても次の日にはピンピンしていたし。
病弱では主人公やヒロインは務まらないんだろうな。
毎日が飛ぶように過ぎていく中で、ある日の朝食後に突然言われた。
「本日、お引っ越しでございます」
真面目腐って頭がおかしいことを言い出す侍女。
「何のこと?」
「お嬢様の邸宅の準備がとりあえず整いました。
既に基本的な生活環境は揃えてございます」
お身体ひとつで動いて頂ければ、と言われて、そのまま衣装部屋に連れ込まれる。
外出用のドレスに着替えさせられ、お化粧もされて連行されながら私は焦って叫んだ。
「ちょっと待って!
私まだ皆さんにご挨拶もしてないんだけど?」
そういえばコレル閣下に言われていたミルガスト伯爵家の方々にもお目にかかってない。
ご当主様にはかろうじてご挨拶出来たけど、末のお嬢様すら観たことがないのに。
「いずれ機会もございましょう。
それに」
グレースに手を取られてエントランスを抜けて玄関に出ると、両側に使用人の皆さんが並んでいた。
執事の人を筆頭に上は料理長、メイド長からメイドさんたち、下僕の人まで全員なのでは。
「お嬢様ーっ!」
「お元気で!」
「楽しかったです!」
「サエラ様万歳!」
口々に叫ぶ皆さん。
ちょっと泣けてきてしまった。
みんな見知った顔なのよね。
特にメイドの皆さんとは結構長く一緒に過ごしたし(笑)。
何も言えなくて手を振ると、皆さん拍手してくれた。
ありがとう。
私、ミルガスト伯爵家タウンハウスに住めて幸せでした。
大半は使用人宿舎住まいだったけど。




