122.男装の麗人
まあ、覚えているお話はまだたくさんあるしね。
楽曲はうろ覚えなんだけど、そっちはむしろ作曲家が何とかするのであまり重要ではないそうだ。
私に求められているのは世界観というか物語だ。
例の魔法で少女が活躍するお話にも続編があって、というよりは似たような話の再生産なんだけど。
それはそれで欲しがられているんだけど、シストリア様に言われてしまった。
「脚本家や監督の方々とお話しているうちに、以前サエラ様がおっしゃっていた物語について少し漏らしてしまったところ」
食いつかれたと。
「どのようなお話でしょうか」
「女性の身でありながら軍人として立ち、他国から嫁がれた王妃殿下のために戦う令嬢のお話でございます」
あれか!
露骨にロマンスだ。
私の前世の人の世界では漫画といって、絵物語が大量に生産されていたのよね。
今の人には想像も出来ないくらい色々な物語があった。
でもその中でもよりによってアレか。
「確か、その令嬢は高貴な家柄で、副官の殿方と密かに愛を育まれるのですよね?」
「しかもその令嬢は男装されるとか」
「聞いただけでワクワクしますわ」
高位貴族令嬢の方々はすっかりやる気だ。
まあ、男装の軍人令嬢なんか現世ではあり得ないからね。
私の前世の人の世界でもあり得ないというか、あったとしたってもの凄く珍しかったはずだ。
だから前世の世界でもウケたんだし。
もうしょうがない。
楽曲なんか判らないから設定と物語を提供すればいいのなら楽だ。
「承知いたしました」
「それでは出来るだけ早く打ち合わせを」
はいはい。
もういいよ。
どうとでもして下さい。
ちなみにモルズ様のグループ以外の方からもお茶会のお誘いが結構あるんだけど、コレル閣下と相談の上、すべてお断りさせて頂いている。
どうも王家かどっかがばらまいたらしい私の公爵位授爵の噂が広まっていて、今のうちにコネを作りたい貴族がお誘いをかけてきているらしくて。
今はまだ私の身分は男爵令嬢なので、高位貴族からごり押しされたら断れない。
なのでミルガスト伯爵様の許可が必要、という言い訳で遮断して頂いている。
伯爵では断れない筋からのお話は、どうも王家が手を回して抑えているようだとコレル閣下が言っていた。
あいかわらずどなたかが裏で動いているなあ。
別にいいんだけど。
シストリア様は動きが早かった。
次の週には例のシストリア侯爵邸に呼ばれて劇場や劇団の偉い人たちの前で新しい歌劇の筋書きを披露する羽目になった。
もっとも私の前世の人の世界みたいな資料を配って発表というわけじゃない。
こういう場合、基本的には口述だ。
広いお部屋にずらっと並んだ貴族や劇団の方々に向けて概要を説明する。
「私が観た夢では、舞台は戦乱が迫りつつある王国でございました。
国王陛下は他国から王妃殿下を迎えられたのですが、この王妃殿下の相談役兼護衛として武門の高位貴族の令嬢が抜擢されて」
「武門か、なるほど」
モルズ伯爵閣下と紹介された筋肉隆々たる武人貴族が頷く。
軍服が派手だ。
つまり偉い。
「その令嬢が軍人ということだが」
「跡継ぎが令嬢しかおられなかったので、淑女ながら軍学校に進んで正規の軍人に」
「うむうむ。
突拍子もない設定だがウケそうだな」
「いいですね。
男装の麗人。
軍服が似合いそうだ」
「当然、部下たちも凜々しいのであろう?」
皆さん、やけに適応が早いけど、いいの?
淑女が軍人なんかやって。
顰蹙買わない?
それを言ったら笑われた。
「何を言われる。
前作の方がよほど荒唐無稽だ。
ただの貴族令嬢が変身して戦うのに比べたら軍人令嬢の方がよほど現実味がある」
さいですか。
ならば私はもう何も言いますまい。
それから私はその狂った物語を夢の話として説明した。
主人公には幼なじみの平民がいて、副官として常に側に居て。
お互いに思い合ってはいるのだが、立場上明らかに出来ず。
ウケた。
五月蠅くて私の話が中断するくらい、皆さん興奮して議論を始めてしまった。
しょうがないのでいったん坐ってお茶を飲んでいたらシストリア様が来た。
私の手をぐっと握って目をキラキラさせているんですが。
「素晴らしいですわ!
サエラ様はまさに芸術の女神の申し子であられます!」
「……そうでございますか」
「ああ!
お話を聞かせて頂いているだけで情景が浮かびます!
男装の麗人令嬢!
しかも軍人でございますから軍装!
当然、将軍でございますわよね?」
「そうですね」
「これはもう大評判間違いなしでございます!」
さいですか。




