121.喜んで
いや問題でしょう。
その王子様、露骨に被害者じゃないの。
国王になるはずだったのに醜聞塗れで名ばかりの公爵とか。
「養子に入った前王家の王女殿下方は、全員が国外に輿入れしたそうです。
下手に王国内の貴族に嫁いだら将来どなたかに利用されかねないということで」
「それで、その公爵様は?」
私の祖父だ。
「公爵領は代官に任せて王都暮らしだったそうですが、30にもならないうちに病没されたとのことです。
跡継ぎがいなかったためにテレジア公爵家は途絶え、爵位と領地は王家預かりとなりました」
その辺も聞いている。
誰もケチ付きすぎの公爵家を継ごうなどとは思わなかったのよね。
そもそも公爵家といったって名前ばかりだったそうだし。
「そんなことはございませんよ?」
モルズ様が言った。
「テレジア公爵領は王国でも指折りの豊かな土地でございます。
よく整備された農地があって安定した食料生産では定評がありますし、領地内には職人村が多数あって特産品も豊富とのことで」
今は王家直轄地になっておりますが、とモルズ様が教えてくれたっけ。
王国の地図にもちゃんと載っていた。
テレジア公爵領は、もともとは王家が所有していた土地だ。
王都にほど近くて交易路が通っているし農産物がよく獲れる。
大きな河が通っているせいもあって漁業も盛ん。
ちょっとした山もあって良質の鉱物資源も掘れる。
まあ、王家の土地だったんだからね。
一番いい場所を確保したわけか。
地図で見たら王都から馬車で半日くらいの所だった。
今の王家、そんないい場所を前王家に譲ったのか。
いや逆に言えば、それ以外は全部譲り受けたんだからね。
そのくらいの譲歩はすると。
しかし他の貴族の人たち、なんでテレジア公爵家を継がなかったんだろう。
領主になればウハウハだったのに。
ちょうどコレル閣下が来たので聞いてみたらあきれ顔をされた。
「豊かな土地だからだよ。
本来は関係ないのにそんな土地を貰ったら貴族の間で風当たりが酷いことになる」
「そうなのですか」
「何か理由があればいいんだがな。
例えば直系の血縁とか」
私を見てニヤリと笑うのよ。
ちなみにコレル閣下が私とタメ口なのは私的な場だから。
今の私はまだ男爵家の子女で伯爵家の育預という身分なので、准男爵であるコレル閣下の方が身分が高いのよね。
私も気にしてない、というよりはその方が気楽だ。
「それに、爵位を継ぐということは責任も引き受けるわけだ。
公爵家だぞ?
並の貴族では耐えられまい」
「私はどうなんですか?」
つい愚痴ってしまった。
一方的に押しつけられて責任取れと言われてもね。
「その辺は私もよく知らん。
だが、今回の件が強引すぎることは確かだ」
コレル閣下が深刻そうな表情を作った。
「そもそも君をいきなり叙爵する意味が判らん。
王家にとってその方が都合が良い、というよりはむしろそうしなければ拙いことになるとしか思えない」
「私を公爵にすることで何かの利点が?」
皆目見当がつかない。
私はともかく事情通のコレル閣下ですらそうなのか。
「いくつか考えられる節はあるが……とりあえず君が今考えてもどうにもなるまい。
何が起こるか判らんのだから、今は少しでも学んでおくように」
無責任な!
とその時は思ったけど、後から考えたらコレル閣下はそう言うしかないよね。
だって本来は関係ないし。
たまたま世話をしている男爵家の庶子が授爵するというだけで、コレル閣下やミルガスト伯爵家にしてみればよそ事なのよ。
今は育預だから支援しているだけで。
つまりこの問題は私が一人で解決しなければならないわけか。
いや解決なんか出来るわけがないから、責任取るとか?
うわっ。
確かにこんな立場も誰も引き受けたがらないわよね。
公爵位をくれてやると言われても嫌だ。
私は断れないけど(泣)。
そうやって悩んでは王国の地図と貴族名鑑とのにらめっこに戻る日々が続いていたけど、ある日モルズ伯爵邸のお茶会に行ったら満面の笑顔で言われた。
「サエラ様!
朗報です」
はあ。
何でございましょうか。
「サエラ様の歌劇、大評判で公演延長が決まったと連絡が入りました」
「それだけではなくて、続編の製作も決定したそうでございます!」
私の歌劇じゃないって!
いえ、噂では聞いてはいたのよね。
王都中の評判になっているらしくて、学院でも寄ると触るとその話題だった。
私が関わっていることは一般には知られてないのでスルーしていたけど、知っている人は知っている。
講義の後で教授からこっそり入場券の融通を頼まれたこともある。
メダルをちらつかされては抵抗出来ず、シストリア様を通じて手配をお願いしたことも何度かあった。
これ以上、カカワリアイになりたくないと思ってたのに(泣)。
「つきましては是非サエラ様にご協力いえむしろご指導頂きたいと」
シストリア様に言われてしまった。
今やオペラ歌手だ。
もともと美女だったけど風格が出てきたような。
男爵の庶子なんかが断れるわけがない。
「喜んで」




