120.醜聞
地図を見てまたため息が出た。
テレジア王国って広い。
ていうか南北に細長い。
南端は海だけど、北に進むとしばらくは平野が続いていて、だんだん山になっていく。
北端は、というか端というには長いけど、実は険しい山脈だ。
テレジア王国の北方にももちろん国はあるんだけど、陸路ではほぼ没交渉。
国境線は山脈の頂上というか山稜ということになっていて、実際には到達不可能だったりして。
装備を調えた登山隊がパーティ組んでやっとたどりつくくらい大変で、しかも山頂に立ってみたらその向こうにもずっと険しい山が続いていたらしい。
だから大陸の北方に行くには南方の港から船で大陸をぐるっと回るしかない。
それで国交は何とかなるにしても、頻繁に行き来したり親しく付き合ったりするのは難しい。
なので、テレジアから見た「隣国」ってほぼ国の東西にある国だ。
陸路で繋がっているというか、人間の都合で国境線が敷かれているだけなのでお互いの行き来は容易だ。
近隣諸国との外交や貿易は活発みたい。
よその国も大体は王国とか帝国、皇国なので皇帝や国王、そして貴族がいる。
貴族の国際結婚もそんなに珍しくない。
国家間は一応平和が保たれているけど、国の内部では色々あって政変なども時たま起こるらしい。
テレジア王国でもつい最近起きたし(笑)。
王朝が交代するという大事件だったんだけど、学院の講義で宿題を出されて資料を読んでみたら、どうもヤラセだった臭いのよね。
お芝居というか。
モルズ伯爵邸でのお茶会でも話題として出たことがあった。
さすが高位貴族家の令嬢だけあって、一般には広まっていない裏の事情まで通じていた。
というよりは、それを知らないと社交界で失敗するらしい。
平民はともかく下位貴族でもおおよそのことは知っているということで、貴方も心得ておきなさいと言われて説明されたのよね。
その時はふーんと思っただけだったんだけど、後から考えたらそれ、モロに私の母方の祖父の事じゃないの!
教えて貰って助かった。
モルズ様たちも本当の裏までは知らないけど、真相? の概要は親から教えて貰ったそうだ。
当時、テレジア王国は一種の外交的危機に陥っていた。
国王が老齢で跡継ぎの王子が一人しかいない上に病弱だった。
王女は何人かいたけど、王子がいるのに王女を次の国王にするわけにはいかない。
かといって病弱な王子が即位しても、いつまで持つか。
激務であっさり逝ってしまうかもしれない。
そんなところに大国と言われる国から輿入れの申し出があった。
うちの王女をどうかと。
もともとテレジア王国の王子とその王女は国際交流の一環として割と親しくしていて、普通なら願ってもない縁組みだったんだけど。
でも結婚して子どもが出来ないうちに王子に何かあったら。
子どもがいても、幼いうちに王子がみまかられたりしたら。
外戚になる大国が乗りだしてきて、テレジア王国は牛耳られてしまうかもしれない。
国力にそのくらいの差がある。
だからといって、そんな可能性だけでお断りすることも出来ない。
いや断れはするだろうけど、両国間の関係が極端に悪化する。
拙いことに、その大国の当時の主権者って野心満々で、婚姻が成ったら強引に介入してきそうだった。
「それで」
「王子はわざと舞踏会の、しかも他国の招待客が大勢居る場所で婚約破棄しました。
大醜聞でございます」
なかったことになんか出来ない。
それで婚約はなくなったんだけど、相手の国が収まらない。
テレジア王国いや王家が何かの犠牲を払わなければ。
賠償も必要だ。
賠償については国家間の交渉や取り決めで大幅な譲歩をすることで何とかなったんだけど、やらかした王子をそのままにするわけにはいかない。
その責任を取る形で当時の国王が譲位した。
王子にではない。
傍系の公爵家の当主に王位を譲った。
これによって当時の王家は王家でなくなった。
元の王家は無爵というわけにもいかないのでテレジア公爵の爵位が贈られたと。
「当時の王家には未婚の王女殿下が何人かいらっしゃったので、その方々は新王家の養子に迎えられました」
「その辺りは聞いております。
もともとの王家はテレジア家だったのですが、新王家もそう名乗ったのですよね?」
「国名ですので。
王家の家名が違っていたらおかしいでしょう。
それに王朝名が変わると簒奪になってしまいます。
縁戚に譲ったという形を整えたので」
そういうものなのかな。
私の前世の人の世界にも王国があったんだけど、王家の家名と国の名前が違っていることは結構あった。
もっともその世界の王国って国王はいても政治や統治には関わってない、象徴的な存在としての在位が多かった。
私の前世の人が住んでいた国、日本っていうんだけど、その国の国王に当たる人って家名がなかったりして。
ついでに言うと戸籍もないので、つまりその国の人間じゃ無いことになっていた?
でも別の国では国王が国を支配していたり、支配権はないけど政治に関わっていたりで色々あったみたい。
今の私たちには関係ないからいいんだけど。
話を戻すと、そういうわけで新しい国王が即位してテレジア王国は新王朝になった。
やらかした前王朝は滅んだ? ということで、婚約破棄された王女の国も渋々矛を収めたという。
「それで当事者の王子殿下が公爵家を継がれたと」
「醜聞ではありましたが、十分な罰を受けたと見なされたそうです。
貴族は概ね同情的であったとのことです。
平民は、王家のことなど関係ありませんから問題なく」




