116.公爵
「それは判った。
でも、ミルガスト家はいいの?」
さっきも言ったけど、今まで手間暇も金もかけて育ててきた有能な家臣や使用人を取り上げられることになるのでは。
「むしろ王家に貸しを作れるので」
グレースがこともなげに言った。
「今回の件でミルガスト伯爵家は株を上げました。
何と言ってもお嬢様を育てた、と主張出来るわけですからね。
育預として扱ったという事実は今後も大いに効いてきます。
次期テレジア公爵が育預だったのですよ?
これは乳母を出すことに匹敵する実績です」
なるほど。
貴族は名誉を尊ぶ。
同時にコネ社会だ。
公爵家と強い繋がりがある領地伯爵家って、立場的に相当伸してきそう。
「それに比べたら使用人を持って行かれるくらいは安いものだと」
「それどころか公爵家の使用人とも繋がりが出来るわけです。
八方美味しいお話と思います」
うーん。
つまり今回の話はミルガスト伯爵家にとっては大いに利益があるお話だったわけか。
私としてはミルガスト家にはお世話になったわけだから異論はないけど。
「そういえばグレースがメイド頭でサンディが侍女長になるの?」
聞いてみた。
「それは無理です。
公爵家ですからね。
侍女もメイドも、高位貴族家というよりはむしろ王家の仕来りに詳しくなくては務まりません。
どなたか経験を積んだ方が王家から紹介されると思います」
でもお嬢様の専属メイドや侍女は私たちですので、と誇らしげなグレース。
本当に何でこの人、こんなに私に入れ込むんだろう。
あ、そういえば。
「執事の人は?
家令とかになるの?」
確かコレル閣下にそう命じられていたような。
「アーサー様はとりあえず家令見習いですね。
公爵家を仕切るには何もかも不足しているとご本人もおっしゃっていました」
さすがに判っている。
領地伯爵家とはいえ、たかがタウンハウスを仕切っていた経験しかないのでは、いきなり公爵家の家令とか無理でしょう。
その公爵家が身分だけの張りぼてだったとしても。
「家令や執事はやっぱり王家から来るのね」
「主要人事は基本的に王家の差配でしょうね。
ただ、お嬢様の近しい者はミルガストから参ります」
ですからお嬢様はご安心を、とグレース。
何をどう安心したらいいのよ(泣)。
公爵令嬢やらされるのは私なのよ?
いくら乙女ゲーム小説のヒロインだからといったって無理がありすぎる。
「お嬢様は公爵令嬢にはなりませんよ?」
グレースが当たり前のように言った。
「本当?
やらなくてもいいの?」
「そうではなくてですね。
コレル様から伺ったところ、お嬢様はテレジア公爵家を継ぐので当主になるそうです。
敬称は令嬢ではなくて殿下です」
パネェ(泣)。
グレースと話して疲れてしまってまたベッドに戻って目を閉じて開けたら朝だった。
「お嬢様。
ご起床のお時間です」
グレースがカーテンを開けたらしくて天蓋ベッドのカーテンごしでも明るい光が押し寄せて来ているのが判った。
今日も快晴か。
こっちは朝っぱらからどんよりとした気分なのに(泣)。
「起きます」
自分で天蓋ベッドのカーテンを明けて踏み出すと、グレースの他に2人のメイドさんが待機していた。
ワゴン押したりしているけど、それは?
「まず、湯浴みを。
朝食はその後になります」
いちいち説明してくれなくてもいいよ!
ちょっと前までは夜明けと共に起きて裏の井戸から水汲んで頭から被っていたのになあ。
それが朝から湯浴みか。
未だに慣れない。
私はぼけっとしたまま夜着を脱がされてお風呂に放り込まれて洗われた後、髪を乾かしながらお化粧された。
朝飯前にここまでやるのか。
育預だと言われた頃より加速してない?
「世が世なら御身は王女殿下でごさいます」
いや、今はその世じゃないから!
朝食は美味しかったけど落ち着かない。
だってグレースを含めて3人のメイドさんが給仕してくれるんだよ。
ところで二人とも見かけない顔だけど、そちらは?
「二人ともお嬢様がお尋ねです。
名乗りなさい」
「はい! タマラでございます」
「スーザンと申します。お嬢様」
タマラさんにスーザンさんね。
見るからに平民だけど、平民の中では上層くさい。
大商人とか准男爵家レベルの家の子女じゃないかな。
私、何を偉そうに(泣)。
「ただいま訓練中でございます。
つたない部分はお見逃し下さいませ」
グレースがよそ行き言葉になってる!
配下の前だからもあると思うけど。
私はボロを出さないように澄まして上品に食事を終えた。
これくらいは出来るようになった。
誰か私の努力を認めて(泣)。




