112.前代未聞
そんな中、学院から帰邸した私は久しぶりにコレル閣下に呼ばれていきなり通告された。
「準備が整ったとの連絡が入りました。
これから忙しくなるのでお覚悟を」
口調が丁寧なのが怖い。
何なの?
その場にはなぜかサエラ男爵様もいて、どうも前々から決まっていたことらしい。
「お引っ越しですか?」
「はい。
ミルガスト家の育預としてのお立場はそのままですが、マリアンヌ様のお屋敷に移って頂きます」
いきなり何を。
ていうか私の屋敷?
「私は男爵子女ですが」
「デビュタントまでは。
成人と同時に叙爵される形になります」
ちょっと待ってーっ!
叙爵って何?
私、何かした?
「王家で検討した結果、決まったようだな。
私も詳しいことは知らされていないのだが、君は王家預かりになっている爵位を継ぐ事になる」
サエラ男爵様が苦笑いしながら言った。
カカワリアイになりたくなさそうだなあ。
「私、サエラ家から出されるのですか?」
「そういうことにはなるが、我々が親戚であることにはかわりはない。
いつでも頼って来て貰っていいんだよ」
優しく言ってくれるサエラ男爵様。
それは嬉しいんですが。
「……ちなみに私、何になるのでしょうか」
聞きたくない。
「テレジア公爵だ」
コレル閣下に宣言されてしまった。
公爵家かよ!
ていうか口調が戻っている(泣)。
「おめでとうございます!」
真っ先にグレースが言って拍手した。
それに釣られたのか、その場にいた全員が拍手する。
「……ありがとうございます(泣)」
全然ありがたくないけど、しょうがない。
王家が決めたらしいから男爵家庶子なんかが何を言っても無駄だろう。
それからコレル閣下が説明してくれた。
王政府では前から私の存在を把握していて、色々と準備を進めていたそうだ。
そもそもサエラ男爵様が私を孤児院から引き取ったこと自体、半ばは王政府の指示だったらしい。
教会や孤児院は私の身元について詳しくは教えられていなかったため、下手するとどこかに養女にやられる可能性があった。
というよりは何度か引き取りたいという申し出があったと。
私には知らされなかったけど、その都度上の方から横やりが入って話が消えたそうな。
「私なんかを欲しがる家があるんですか」
「その容姿に王家の瞳だ。
取り合いになっても不思議ではなかろう」
ふーん。
私はそんなこと知らなかったからね。
でも確かに、孤児院から商家や子供が出来ない家に貰われて行く子ってちらほらいた。
貴族家はさすがになかったと思うけど。
「サエラ男爵家が引き取って下さったのは?」
「それはもちろん、血が繋がっているからね。
そもそも私と君は腹違いの兄妹だ。
もっと早くから引き取っても良かったのだが」
なぜか王家に止められていたとか。
うーん。
多分それ、私を見定めていた臭いな。
孤児でいるうちに何か面倒なことになったり騒ぎを起こしたりしたら見切られていたんだろう。
死ぬかもしれなかったし。
でも私は無事? に十二歳くらいまで育った。
特に評判も悪くなかったからね。
実は裏では色々やっていたんだけど、バレてない。
バレてたらここにはいないだろうし。
「サエラ男爵閣下には王政府から密かに指示が出ていた。
君が貴族としてやっていけるかどうか確かめて頂く任務だ」
「そうなのですか」
私がうろんな目を向けたら男爵様は慌てて手を振った。
「そういう指示はあったが、私としては君がどうあれ後援する気だったからね。
何と言っても妹だ。
利害関係抜きで面倒を見るのは当然だ」
「王政府も、その時点ではあまり期待していなかったそうだ。
12歳まで孤児として育った娘が突然貴族にされても普通は適応出来ない。
それどころか十中八九、潰れたり逃げ出したりするだろう。
何とか適応出来ても本物の貴族にはなれまいと。
ところが」
「君はわずか2年で本物の貴族令嬢になってしまった。
これには皆驚いたよ」
サエラ男爵様までそう言いますか。
だって必死だったし。
死ぬほど頑張ったんですが。
「学院に通える所まできたことで、計画が動き出した。
もちろんその時点でも君は観察されてはいたがね。
だが何といっても学院だ。
周り中が貴族子女の中で、君がどう振る舞うか。
潰れてもおかしくない、というよりはむしろ潰れて当然だ」
「だが君は楽々適応して、あっという間に本科に移った。
それも預けられたお屋敷で使用人扱いされながらだよ?
前代未聞だ」




