110.礼儀
「で、ずっと聞きたかったんだけど、エリザベスって何をしたいわけ?
というよりカリーネン家?」
にんまりと笑って優雅にお茶を飲む商売人。
「そうねえ。
今のところはおこぼれ頂戴かな。
モルズ様方にもご挨拶出来たし、順風満帆と言ったところ」
「ご挨拶どころじゃないでしょう。
いきなり取り込んだりして」
「そんなに甘くはないわよ?
高位貴族家を舐めちゃ駄目。
あの後援会もそれだけではうちの持ち出しになるかな」
そうなんだ。
確かにモルズ様方はお淑やかなふりをして皆さん化け物揃いだからなあ。
乙女ゲームに出てくる高位貴族令嬢とはまったく違う。
全員が悪役令嬢?
攻略対象もいないのに。
「カリーネン家が損していいの?」
「現時点でお金にならない関係こそが重要なのよ。
例えば今、私はカリーネン家としてではなく私個人としてモルズ様方と知己を得たでしょう。
将来、あの方々がそれぞれ高位貴族家に嫁いだ後にそれが効いてくる」
ああ、なるほど。
エリザベスとしては自分自身のコネ作りを優先したのか。
もちろんカリーネン家としても旨味はあるけど、今のところ皆様は高位貴族といってもご令嬢というだけだしね。
商売相手としてはそれほどでもない。
だけど将来は違うと。
「それだけじゃないけどね」
エリザベスが座った目で私を見た。
「何よりマリアンヌが大事。
これからもマリアンヌの側に居るためなら私は何でもするよ」
うわー。
私の前世の人の言葉でストーカー化してない?
私につきまとって何をどうするつもりなのか知らないけど。
「ということで、これからもよろしく」
改めて握手された後、唖然とする私を尻目にエリザベスはさっさと引き上げた。
ホント、もうサポートキャラや悪役令嬢どころかむしろ黒幕臭くなってない?
何か疲れた私はお部屋に引き上げて、お風呂に入った後はお夕食も摂らずに寝てしまった。
夜中に起きて夜食をガツガツ食べたけど。
グレースがニコニコしながら用意してくれた。
「こんなことして『貴族令嬢にあるまじき』とか言わないの?」
聞いてみたら肩を竦められた。
「貴族なら日常茶飯事ですよ。
私の父上のお仲間は護衛騎士が多いのですが、お仕えしている貴族の大半は忙しすぎてまともなお食事を摂れないそうです。
大抵はお昼抜きで、夕食もお仕事がやっと終わった夜中になるとか」
「そうなんだ」
「護衛騎士や侍従も付き合うので大変で。
なので、高位貴族のお屋敷の厨房では一日中、お食事が提供出来るように準備しています」
知らなかった。
貴族って優雅に昼餐や晩餐を摂っているような印象だけど、本物の貴族はメチャクチャ忙しいんだろうね。
貴族令嬢や婦人は違うと信じたい。
でも私、考えてみたら本物の貴族家ってよく知らないからなあ。
私が知ってるのはサエラ男爵家くらいだし、地方の代官やってるような家は本物の貴族とは言い難い。
半分くらいは平民みたいだったものね。
だからこそ、私もすんなり入って行けたんだけど。
でも確かにサエラ男爵様は忙しそうだった。
朝食の席で見たことなかったし、お昼はもちろんいなかった。
晩餐には半分くらいは参加していたけど、途中で誰かが呼びに来て席を外すことも多かったっけ。
やっぱり貴族って大変だ。
贅沢してるだけじゃないってことね。
私も根性据えないと。
それからしばらくは平穏な日々が続いた。
学院の講義がある日は登院して授業を受ける。
ない日は一日中家庭教師とお付き合い。
コレル閣下から礼儀を重視しろという命令が下ったとかで、シシリー先生のご指導が厳しさを増した。
私に高位貴族令嬢レベルの礼儀を強要するって何のために?
知りたくないので何も考えずに従うけど。
でも時々、シシリー様が首をかしげるようになったのよね。
何度もそれをやられるので気になって聞いてみた。
「何か?」
「……お嬢様は私以外から礼儀を教えられておりますの?」
「いえ。
サエラ男爵家でご教授頂いただけです」
学院では教えて貰った覚えはない。
真似しただけだ(泣)。
「そうですか。
いえ、不思議なのですが、お嬢様の動作に時々他国の礼儀作法が混じるような気がしましたので。
どこの国とまでは判りませんが、少なくともテレジアの礼儀ではないように思えます」




