108.じゃじゃ馬
でもなるほど。
学院で教授が出来るほどの実績と実力を持った家庭教師もいて、その方々が認めれば学院の講義に合格したことになると。
本来は学院で受けるべき教育をマンツーマンで修了出来るわけね。
領地貴族の跡取りなどはみんなそれらしい。
後は王族とか?
「学院で確認などはしないのでしょうか」
「しない。
というよりは後から誤魔化しや嘘がバレたらスキャンダルだからな。
それにこの世界は広いようで狭い。
誰に教わったのかはいずれ漏れる」
そうなんだろうね。
だからこそ、家庭教師を雇うということは高価値なんだろう。
だって学院の講義を自宅? で受けるんだよ。
凄いお金がかかることは判る。
だとすれば小説の私が乙女ゲームのヒロインだった理由も判ってくる。
というよりは学院で貴公子たちと知り合えた理由が。
元々の小説では攻略対象の貴公子の方々って高位貴族なのよね。
そういう人たちは、普通は学院なんかには通わない。
自宅で家庭教師に教わるはずだ。
なのに学院に通っていたってことは、つまりその時点で実家から見限られていたんじゃないだろうか。
少なくとも跡継ぎにはしないし家にも残さないと宣言されているようなものよね。
学院でも遠巻きにされるだろうし。
それはグレるよなあ。
孤児上がりの男爵子女が寄ってきても拒めないくらい悲惨な精神状態だったんだろう。
思うんだけど、私の前世の人の世界で読まれていた乙女ゲーム小説って、もの凄く盛っているというか、歪曲がきつかったのでは。
小説やゲームとして面白くするためにはいい方法だと思うけど。
でも現実で虐待されていたらたまったもんじゃない。
潰れるか反逆するかで、どっちにしても悲惨な末路が待っている。
実際、この小説の攻略対象の方達は、実際には学院に入るまで持たなかったみたいだし。
私も前世がない状態だったら果たしてあれほど脳天気でいられたろうか。
だって孤児だよ?
明るく楽しくなんて無理だろう。
自棄になって酒場で身を売っていたかもしれない。
男爵家から迎えが来るまで持たなかった可能性が高い。
でも小説では、別にヒロインに前世があるとかの設定はなかったのよね。
解せない。
サラーニア家の跡継ぎの人が去ると、やっと女子会? になった。
当然のようにエリザベスに関心が集まる。
エリザベスはまた、皆様の好奇心を満足させながら商売に結びつけるんだから大したものだ。
「それでは次の機会に見本をお持ちしますね」
「「「是非!」」」
あー、宝石か何かを売りつけられそう。
皆様、高位貴族家のご令嬢だもんね。
男爵家の私なんかとは経済力が桁違いだろうし。
まあいいけど。
その日のお茶会は大成功というか、エリザベスの如才なさが存分に発揮された場だった。
それでも一通りの質疑応答が終わると当然のように例の歌劇の話になった。
何せ、出演者にほぼ確定しているシストリア様がいらっしゃる。
もう練習に参加されているそうで、全員で拝聴の姿勢になった。
「やはり本業の方々は凄いですわ。
私も発声の基本から鍛え直されておりますの」
シストリア様は若干お疲れ気味というか、ちょっと自信を無くされているようだった。
やっぱり専門家に交じるときついらしい。
「シストリア様はあれほどの歌姫でいらっしゃるのに」
「サロンで歌うのと劇場とでは根本から違います。
ただ声が大きければ良いとか、響けば良いというわけではございませんの」
シストリア様は劇場専属の指導者に臨時に弟子入りしたそうだ。
舞台での発声には特別な技というか技能があるということで、毎日が練習らしい。
「それでも私など端役でございますので、まだ楽で。
主役の方々は大変ですわよ」
「というと?」
「脚本と演出の方がおっしゃるには、これまでの歌劇とは概念が違うものにしたいということですの。
例えば」
歌劇って見た事ないんだけど、聞いた話では基本的には「劇」なんだけど、普通の芝居と違って台詞がなくて演技と歌で物語を進めるのだそうだ。
つまり役者は基本的にはあまり動かずに歌う。
歌う時は客席に向かってポーズはとるけど踊ったり演技したりする場合は歌わない。
それはそうか。
だって歌って結構な重労働だ。
演技しながら歌うって無理とは言わないまでも、相当消耗しそう。
「ところが今回の歌劇は戦いが主題でございます。
劇中、結構な頻度で動きがございまして」
舞台中を駆け回ったり丁々発止とやりあったりする場が結構あるらしい。
あれか。
魔法で少女な物語だからか。
確かに。
動き重視になってしまったようだ。
拙かった?
でももう遅い(泣)。
「シストリア様は大丈夫なのですか?」
誰かが聞いた。
高位貴族の淑女が駆け回ったり戦ったりするのは無理なのでは。
「私は端役というか、主役の皆様を支援する役ですので。
あまり動きもないので何とか」
まあ、それはそうだろうね。
金蔓からねじ込まれた高位貴族令嬢をそんな役につけるわけがない。
万一何かあったら物理的に首が飛びそう。
「それでも大変なのでございますが、だからこそワクワクが止まりませんの。
一世一代の演技をお見せすることを約束させて頂きます」
シストリア様、なかなかどうしてじゃじゃ馬だったみたい。
やる気満々だったりして。




