100.王女?
それはそうだ。
身分こそ公爵だけど、新王朝における立場はないも同然。
将来のない名前だけの公爵家なんか誰が継ぎたいものか。
「それで元王子殿下が」
「そうだ。
王都に屋敷を与えられて年金暮らしということになったらしいが、生涯幽閉みたいなものだっただろう。
領地は代官が差配するし、王都にいても仕事もないしな」
酷い話?
それ自体が罰みたいなものかもしれない。
でもどうしようもない。
公爵は身分が高すぎると言っても、それ以外の身分でも結果は同じだ。
というよりは下手に侯爵や伯爵にしたら自分で領地を統治するしかなくて、周囲との軋轢が酷くなる。
かといって平民にするとか無理だし。
野放しにするには問題がありすぎる。
だから公爵か。
「それで」
「ご本人が何を考えていたのかは判らないが、素直に引退生活に入ったそうだ。
もちろん新王家の監視はついていた。
社交はほとんどせず、どこかの貴族令嬢を娶ることもなく、そのまま埋もれていくと思われていたのだが」
「メイドと?」
「らしい。
まあ、腐っても公爵家だからな。
お屋敷に使用人くらいはいただろうし、中で何をしようが公爵の勝手だ。
あまり締め付けすぎると反乱や陰謀に傾きかねないという意見もあったそうで放置されたと」
コレル閣下は何とも言えない表情になった。
「実を言えばメイドを愛人だか妾だかにして落ち着いてくれればいい、という意見が大多数だったと聞いている。
というよりはむしろ、当時の貴族界はテレジア公爵に同情的だったらしい」
「そうなのですか?」
意外。
だって大スキャンダルを起こした張本人だよ?
そのためにもの凄い混乱が起こって王朝の交代にまで至ったのに。
「……私程度の者には知らされていない事情があったようだ。
推測になるが、どうもかの婚約破棄自体が茶番というか、何らかの作戦もしくは芝居だった可能性がある」
えーっ!
それはいくら何でも無理なのでは。
だって実際に王様が引退して王朝が変わってしまったんだよ?
自爆以外の何物でもないのでは。
それを目的があってわざとやったと?
犠牲が大きすぎない?
「私が知っている、というよりは知らされているのはここまでだ。
ちなみにテレジア公爵家は当主が後継を残さず若くして没したために断絶した。
跡を継ぎたがる者もいなかったそうだ。
爵位や領地は王家預かりになっている」
付け足しのように言うコレル閣下。
それはいいんですが。
問題はそこじゃないですよね?
「確認させて下さい」
執事の人がぼそっと言った。
顔が青くない?
「何だ?」
「サエラ男爵令嬢……マリアンヌ様の祖父上がテレジア公爵であるということは確かなんですよね?」
「そうだ。
貴族院も認めている」
「廃嫡などもされていない、と」
「そもそもテレジア公爵はマリアンヌ様の祖母上と正式に結婚していない。
更に言えば、マリアンヌ様のお母上はテレジア公爵に認知されていない。
正式な庶子ですらないはずだ」
それはそうか。
庶子というのは親に認知されて初めて認められるのよね。
私がサエラ男爵家の庶子なのは、前サエラ男爵様が認知したからだ。
だから証明書も出せた。
「つまり、マリアンヌ様の母上は公的にはテレジア公爵とは関係がない、と」
「だな。
認知されてないんだから廃嫡なども出来ないわけだ。
ある意味真っ新な状態と言える」
なんだ。
だったら私、関係ないのでは?
サエラ男爵家の庶子でも荷が重いのに、公爵だとか無理すぎる。
「ですが」
サンディが淡々と言った。
「状況からみて、マリアンヌ様がテレジア公爵の血を引いていることは確実です。
そもそも証明書が出たという事実がそれを示しているのでは」
え?
何で?
「そうだ。
公然の秘密とはそういうことだ。
マリアンヌ様ご自身がそれを証明している」
「私がですか?」
私の何が悪いというのだろう。
存在?
「お嬢様の瞳でございます。
まさしく王家のお血筋!」
グレースが酔ったように言った。
それか!
確かにこれって王家の色だけど。
瞳の色は変えようがないから、私が王家の血を引いていることが証明されてしまうのか。
いやいや、この瞳って別に王家だけの専売特許じゃないのでは?
「確かに高位貴族家や時として庶民にもその瞳が出ることはあるが」
コレル閣下が淡々と言った。
「だが状況からみて、テレジア公爵と契ったメイドの娘が御身の母上だということは確かだ。
よその高位貴族家が関係する余地はほぼないだろう」
「そうでございますね。
だとすれば」
サンディが厳かに言った。
「マリアンヌ様は、血筋で言えば旧王朝の直系。
世が世なれば王女殿下でございます」
私の前世の人の言葉で言えば、パネェ。




