99.禅譲
「それでは。
マリアンヌ様は学院成立の理由をご存じですか?」
いきなり話が飛ぶなあ。
「いえ」
「テレジア王立貴族学院は周辺諸国にも類を見ない教育機関でございます。
普通の封建国家なら、あのような機関を設立運営しようなどとは考えません。
ですが」
「が?」
「あったのでございます。
設立を是が非でも実行せざるを得ない出来事が」
聞きたくない(泣)。
でも何となく判った。
前にエリザベスが言っていたじゃない。
舞踏会か何かで婚約破棄をやらかした王族がいた、と。
そのせいで当時の国王陛下が引退に追い込まれて、結局は別の王朝に禅譲することになってしまったと。
つまり?
「聞いた事はあります」
しょうがないから言った。
言われる前に言って楽になろうと思いました。
「公然と婚約破棄をした方がおられたと」
「はい。
前代未聞の事態で、当時の貴族界は大混乱だったと聞いております。
そしてそれは貴族の義務と権利の話につながり、二度とそのようなことが起こらないように子弟を教育する必要がある、と皆様が認めたことによって」
「学院が設立された、と」
この乙女ゲームの舞台はそうやって整えられたのか。
不自然過ぎるのよね、この学院。
私の前世の人の世界では歴史上、封建制国家でこんな教育機関が設立されたことはないはず。
あったら絶対に歴史に残っている。
だって全貴族子弟を教育よ?
貴族ってそもそも名誉と矜持を一番重要視する種族だ。
なのに、子弟の教育を他人に任せるってあり得ないでしょう。
家庭教師をつけて、各々の貴族家に見合った教育をする方がいいに決まっている。
だけど、それでは駄目なことが証明されてしまった。
舞踏会だったっけで婚約破棄。
そんな馬鹿な話が現実にあったって。
多分、それには何か理由があったはずだとは思うんだけど、あまりにも悪手だ。
だから、何としてもそんな事態が二度と起こらないようにする必要があった。
建前上でも。
だから学院か。
王家にしてみれば、万一また誰かが婚約破棄しても、これだけやってやったのに不始末を起こしたのは貴族が悪い、と言い張れるわけね。
まあ、王家の者がやったら言い訳出来ないけど。
「学院の話は置いておきましょう。
問題はマリアンヌお嬢様のお母上でございます」
「……つまり、その事件で失脚した王家のどなたかが関係していると」
サンディさんが言った。
知らないんだろうな。
これはグレースや執事の人も一緒だろう。
するとコレル閣下がさらっと言った。
「そうだ。
『隠された公爵家』の当主、つまりテレジア公爵がその婚約破棄を行った方だ。
そして、その方こそがマリアンヌお嬢様のお祖父上であられる」
ちょっと待って。
公爵家の当主?
いやいやいや!
公爵ってだけであり得ないのに?
落ち着いて情報を整理してみよう。
そもそも、その人が原因で王家が没落したんだよね?
なのになぜ、そんなことをした人が公爵家の当主になれるの?
ていうか、その人は婚約破棄した時点では王家の人つまり王子だったはずなのでは。
事件の後、お父上の国王陛下が禅譲というか別の方に王位を譲って、当然だけど引退なさった。
国王だった人が堂々と貴族なんか出来ないから。
新国王や貴族もやりにくくて仕方がないでしょう。
だってその前国王陛下ご自身にはこれといって問題があったわけじゃないんだし。
それは子弟の教育に失敗したかもしれないけど、退位までしたことで罪は償ったはずだ。
でも、その罪を犯したはずの王子が何で公爵家の当主になれる?
「不自然過ぎるだろう?
だがそうせざるを得ない理由があった。
当時の王家が禅譲したことによって傍系の公爵家が新たな王朝を立てて当主である公爵が即位した。
その際、新たな王はテレジアを名乗ったわけだ。
国の名前だからな。
王家と違っていては対外的に上手くないから納得は出来る。
だが、前王家も当然だがテレジア家ではある。
これも改名するわけにはいかないからテレジア公爵を名乗ったわけだが」
コレル閣下はまたため息をついた。
「前王家には王子が一人しかおられなかった。
王女は何人かおられて、その方々は新しい王家の養子という形で引き続き王家の者の身分を維持したのだが。
当事者の元王子はそういうわけにはいかなかった。
スキャンダルの当事者だ。
王子のままでは誰も納得しない。
かといって平民にも出来ないからな。
前国王が引退したため、新しい公爵家を引き継ぐのはその元王子だけになったわけだ。
本来なら不始末をした本人がそんな立場に就くのはおかしいのだがな。
しかし他に適任者がいなかった」
「養子をとるとか、また別の公爵家から来て頂くとかは出来なかったのでしょうか」
サンディが聞いてくれた。
「出来なかったそうだ。
理由は推測出来る。
誰も、そんな貧乏くじを引きたくなかったのだろうな。
スキャンダルで転落した元王家だぞ?
公爵家とはいえ評判は最悪だ。
身分と財産はあるが社交は絶望的。
新王朝の元では何をどうしたって浮かび上がることなど不可能だ。
ケチがつき過ぎている」




