不精塔
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
うーん、こうしてみると冷蔵庫ももはやひとつの棚と大差ないよね。
いや、実家だとレンジとかを冷蔵庫のてっぺんに置くんだよ。ちょうどいいサイズだからね。それでも余裕ができたりすると、いろいろな小物を頭に乗せがちなんだよ。
高さ的に胸のあたりまでだとさ、ペンにはさみにメモ帳に、あと届いてくるチラシや封筒もいい具合にストックできてさ。ちょっとしたお山ができちゃうんだよね。
人にとっては不精の結果。しかしそれが、他の存在に対してどのような扱いを受けるかは、また分からないもの。
僕が父さんから聞いた話なんだけど、耳に入れてみないかい?
父さんが母さんと結婚する前の、ひとり暮らし時代のこと。
父さんもいわゆるレンチン暮らしをしていたようで、小型冷蔵庫の上にレンジを乗せる形態を確立していたみたい。
いちどチラシをレンジだかの上に置いたまま暖め出して、あわや火事になる経験もしてから脇にカゴを用意するようになったけれど、物を置くことそのものはやめなかったらしい。
その日も、ドアポストの音を聞いて、寝転がった姿勢から身を起こす。
水道料金を通知する紙だったらしい。父さんは公共料金に関しては口座の引き落としにしておらず、店の支払いで済ませていたという。
ひとえに口座振替の手続きがめんどくさいからだったとか。実際、一度手続きしてしまえば今後が楽になるのは、想像にかたくない。
それでも父さんは、その最初の一度が非常におっくうに感じられてそのままだったとか。
いまやこの冷蔵庫の上は、いつからあるか分からない公共料金のお知らせで埋め尽くされている。封筒に入った手紙なども、さして重要でないと分かったものは、元に戻した上で仲間入りをさせていたらしい。
もはやヘタ勉強机よりも、紙や筆記用具の重なった冷蔵庫の小山。その上に新しく封筒を投げ乗せたときに、そいつは起こる。
なだれだ。
ふもとこそ、カゴの中へ閉じ込めてあった山肌は、これまで絶妙なバランス感覚で父さんのわがままによく耐えていた。
そのラインが、いよいよこの一枚をもって、一気に崩れ去る。
ばさばさ、と音を立てて崩れる中腹は、幸い右横と背後に関しては、わずかなすき間を保つ壁によって遮られた。問題は左側だ。
先に放った一枚を含め、大小さまざま。色とりどりの紙片たちの散りざまは、それだけで心に倦怠といらつきを招いていく。
父さんもまた同じくだ。すべては自分の積み重ねだというのに、目の前の惨状に大きく舌打ち。元の形に戻そうと紙たちを拾い出した。
最後に掃除したのは、いつだったかも分からない部屋だ。
冷蔵庫まわりも軒並み悲惨で、ほこりに、いつ落ちたか分からない髪、毛……拾うたびに軽く手ではたきおとすほどだったみたい。
ピラミッド型であったことを反省する父さんは、今度は古墳か何かのように積み上げていく。本命の中心部分と、そこを囲うようにカゴの縁へ一枚ずつ別の紙を乗せていくんだ。
ひたすらに標高を追い求めたのがいけなかった。ブレーキが利かなくなる。
重要なのは周囲。そしてそれらのバランスだ。
やり始めるまではおっくうでも、やり始めたら妙に力が入るのはいつものこと。意図せぬなだれは父さんのやる気をたちまち引き出す。
何分か経つころには王族の墓もかくやという大きさの整った中心の塔。そして周りを取り囲む、これまたそれぞれ同じ大きさの紙を整えた6つの塔が囲うかっこうになったとか。
ひとまず見栄えに満足した父さん。
もう用済みの紙たちばかりなんだ。あえて秩序を乱すような用事もない。彼らはレンジの横で、いつまた崩れるかも分からない平和な時を満喫していたそうだ。
父さんも用が済めば、元に戻る。仕事から寝に帰るくらいしか使わない部屋。休みの日にはぐうたらして、ちょっとでも英気を養いたい。
そうするとパソコンも高価なご時世だと、寝っ転がりながら紙媒体をたぐるくらいしか楽しみがなかった。
ちょうど今日はひいきにしている月刊誌の新刊が出る日。昼前に買ってきてから数時間ほど、ページの隅から隅まで目を走らせていたとか。
その夕方へ差し掛かったころ。
最初に感じたのは、「におい」。かつてレンジの上の紙に味わわせた香りが、かすかに鼻をくすぐってきたんだ。
雑誌を閉じて、身を起こす。今日はまだレンジを一度も使っていない。熱を帯びる道理はないはずだ。事実、中から稼働中を示すオレンジ色の光は漏れていない。
それでも、冷蔵庫へ近寄っていく父さんは、あの積まれた紙たちを見て目を丸くする。
中央の塔を囲む、6つの塔たち。それらはそれぞれヘキサグラムの頂点になるよう並べていたらしい。
そのうちのレンジ側にほど近い2点が、焦げ付いている。いや焦げ付いているかのような色合いに思えたんだ。
火などこそりともついていないのに、てっぺんの紙片からその肌、その足元にかけてがたちまち黒ずんでいく。それはそれぞれ、真ん中の点、反対側の点とそれぞれの塔も、二の舞、三の舞を演じていった。
その間、2秒とかかっていない。父さんがふきんやティッシュを取る前に、あっという間に黒点と化した6つの頂。その中央の塔にも黒い影がかか……いや、違う。
影は下から駆け上がってきた。
カゴに隠れた部分から、上に飛び出している部分まで。たちまちすべてを黒々と染めて、積み上がるものを弾け散らして、黒い影が飛び上がる。
父さんは、それが無数の髪の毛がほこりと共によじられた姿だと思ったみたい。
これもまた飛び上がって、天井に触れるまではあっという間。見上げた時には、いつも通りに穴ひとつ開いていない、白い壁紙が目に付いたとか。
でも、ことごとく黒々と化した紙片たちが、いまの光景が事実だと物語っている。
父さんはそれから、紙などを放置しておくのをやめたのだそうな。