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引き出し  作者: スズカ
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1-6) 16歳の肖像 「帰宅」

 亜耶の住むマンションは、駐車場側にも入居者専用の出入口がある。カードキーを使うか、小さなテンキーのボックスに、部屋番号と暗証番号を組み合わせた数字を入力して入館することが出来た。真由美が亜耶を促し、亜耶はカードキーが入ったパスケースを取り出して自動ドアを開けた。エントランスホールを通り、エレベーターで亜耶の家があるフロアに上がる。

 亜耶は真と真由美の関係が気になっていた。人のことは言えないが、こんな時間に、真は真由美と待ち合わせをしていたのだ。ただ、それを聞く言葉を口に出す事が躊躇われた。真由美は知らないことだが、亜耶は真と知り合って、まだ数時間しか経っていないのだ。

 エレベーターが到着し、軽やかな電子音と共にドアが開く。駐車場に父の車は無かったので家には誰もいない。亜耶は手に持ったパスケースのカードキーでドアを開ける。

「真由美さん、お茶でも飲んで行きませんか?」

 時間的には結構遅いが、真由美が住んでいるアパートは、アーケードを駅と反対方向に向かって帰ることが出来る。アーケードの照明は一晩中消灯することはなく、明け方まで営業する飲食店もある。真に言わせると、化粧をしていれば二十代に見える真由美が、一人で帰っても比較的安全だった。

 このまま帰ると、佐々木に出くわす可能性もある真由美は、亜耶の提案に乗ることにする。

「そお?じゃぁ、ちょっとだけお邪魔しちゃおうかな」真由美にとっても、真の事を亜耶と情報交換したい気持ちがあった。

 キッチンでお茶を入れる準備をする亜耶に、ダイニングテーブルに座った真由美が声を掛ける。

「真くんの事、教えてよ」亜耶はどきりとした。自分が知っている事など、ほとんど無い。

 知っているのは、言ってしまったら真に申し訳ないようなかなりプライベートな内容だ。

「出身中学も違うし、同じクラスになったばかりで、ほとんど知らないんです」苦し紛れに答えると、「そうなんだ」と真由美をがっかりさせてしまった。

 IHヒーターを使い、ケトルで沸かしたお湯を、紅茶の葉を入れたガラスのティーサーバーに勢いよく注ぎ。砂時計を逆さにする。葉はFOSIONのアッサムにした。亜耶の父はどういう訳か昔から紅茶が好きで、カップボードの引き出しには、缶入りの紅茶の葉がたくさん入っていた。

 ティーカップを用意しながら、今度は亜耶が意を決して真由美に尋ねた。

「真由美さんは、真君と・・」

「あぁ、真くん下でバイトしてるの」答えはあっさりとしたものだったが、それだけに疑問も出てきた。

「アルバイトですか。でもうちの高校、1学期は禁止されてるんですよ」

「そうなの?前から働いてる清水さんの義理の息子さんで、一人暮らしだから特別に許可をもらってるとかじゃないの?」

 真が一人暮らしをしているのは初めて聞いた。親戚の家に引き取られたという情報はどうなっているのだろう。

「真君、ご家族を亡くされているんですよね」ここまでくれば、真由美も知っている情報だろう。亜耶は尋ねてみる事にした。

「うん、お父さんは早くに亡くされて、お母さんも5年前に亡くなったって聞いてる。清水さん夫婦が引き取って、3月まで一緒に暮らしてたけど、高校入学と同時に独立したんだよね」

「そうなんですか」真由美はかなり事情通なようだ。真だけでなく、清水真理恵とも面識があるからだろう。亜耶は、下で働いているという真理恵とも面識が無かった。父の部下で面識があるのは、真由美とチーフマネージャーの斉藤だけで、直接会話をするほど仲良くなったのは、真由美が初めてだった。

「清水さんて、亜耶さんの親戚かなんかじゃないの?」

「えっ?」真由美の言葉に、ティーサーバーからウェジウッドのティーポットに注ぐ手が動いて、紅茶を零しそうになる。

「どうしてそう思ったんですか?」真由美から見た、真理恵と父の関係性を尋ねてみた。

「なんとなくだけど、ただの雇用関係じゃなく見えたから。もっと親密というか、遠慮が無いというか、そんな感じかな」二人の会話を思い出すように、真由美が答える。

 清水真理恵という女性の存在は、父から聞いたことが無いものだった。無口な父の事だ、親戚付き合いもかなり少なく、亜耶も母の法事でしか殆ど顔を合わせたことが無い。ましてや父方の知己の親戚は皆無だった。

 真の義母である真理恵が、自分の親戚かもしれない。そうすると、自分と真も親戚同士ということになる。自分と真の思わぬ関係性。もしかすると手繰り寄せることが出来るかもしれない接点に、なんだか胸が熱くなってくる。

 亜耶は動揺した心を落ち着けるように、いつもよりゆっくりとティーポットと揃いのカップを用意し、静かに紅茶を注いでいく。

「そうですか。今度父に聞いてみますね」

 そう告げながら、真由美の前に紅茶の入ったティーカップを置いた。

 その後も二人は、真の話題で盛り上がった。中学でバスケットボール部で活躍し、何度も告白されていたらしい事、バイトを始めた当初に腹痛を起こして真由美が薬を渡したこと。言葉にしなくても、お互いに真を気にしている事はもうすでに分かっている。亜耶は、初めての恋バナの様な話題が楽しく、真由美もまたそうだった。特に普段の真は学校で本を読むか勉強ばかりしている事、コンビニであってもすごく素っ気なかった事を話すと、真由美は何故か嬉しそうだった。


 帰り際、そういえばと、真由美が亜耶に尋ねる。

「雫ちゃんも知らないのよね?」

「雫さんですか。いえ、分からないです」

「そうなんだ」真由美が靴を履きながら呟いてから、

「雫ちゃんは、中学生になる清水さんの娘さんで、真くんのまぁ義理の妹なんだけどね。前に何回か清水さんに届け物をしに来たことがあって、なんとなく似てる気がしたのよ。それもあって亜耶ちゃんと親戚なのかなと思ったんだけどね」

「私と雫さんがですか?」亜耶が驚く。

「そう。雫ちゃんはもうちょっと髪が短いんだけどね。顔の造りというか、雰囲気が似ている気がしたの」

 やはり清水真理恵は親戚なのかもしれない。一度父に尋ねてみようと、亜耶は思うのだった。


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