1-4) 16歳の肖像 「カラオケ」
高校生になったら友達と放課後に遊びに行く。カラオケや買い物、スイーツを食べ歩く。亜耶は思い描いていた高校生活を満喫しているはずだった。
同じクラスになった紗季は、すらりとした長身と、スタイルの良さが目を引き、お洒落で可愛くて一目で仲良くなりたいと思った。偶然席が近く、お昼を一緒に食べようと誘ったら二つ返事で応じてくれた。話してみると、紗季も亜耶と同じように、高校生になったら今まで出来なかったことを満喫したいと、同じ思いを共有していることが分かった。早速携帯のアプリで連絡先を交換して、帰りが遅くなる時はお互いの家に勉強しに行った事にすると、アリバイ工作の段取りも約束した。都合のいい友達という訳ではない。ただ、紗希は普段はちょっと皮肉っぽい喋り方をするところがかっこいいのに、笑顔が素で本当に可愛く、クラスでも一目置かれる存在となっていた。その紗季と自分が一番仲が良いという優越感は、無敵にでもなったみたいで気分が良かったのは事実だった。
最近良く話し掛けてくる一哉に誘われて、カラオケに行くことになった。一哉が同じ中学出身の友達を二人連れてきて、紗季も同じ中学出身だという亜美を誘った。カラオケは盛り上がった。亜美はアニメソングが得意で物真似も上手く、紗希にはAKBを誘われて一緒に歌った。何回か延長して気が付いたらかなり遅くなっていた。紗季と亜美の親は共働きで、遅くなっても大丈夫らしい。亜耶は父と二人の父子家庭で、父親が共同経営しているすぐ近くのパチンコ店のビルの上層階のマンションに住んでいる。父親は他にもいくつかパチンコ店を共同経営しており、今日は他の店舗の閉店作業で帰りはかなり遅くなるはずだった。母親のいない亜耶に、父親はうるさくなかった。
時計は22:00を過ぎている。ミュージックアプリで聴いた、最近のお気に入りも一通り歌い切った。紗季は数か月前までは塾で22:00過ぎまで外出していたと言っていたが、その時は親が迎えに来ていただろうし、これ以上遅くなるようだったら女子二人を泊めてあげようと考えていた。それとなく周りを見ると、一哉の友達二人と女子二人は、それぞれペアで喋っている。
「亜耶、ドリンクおかわりいる?一緒に取りに行かない?」
気が付くと、一哉はいつも隣にいてドリンクや食べ物のおかわりをさりげなく聞いてくる。
「今はいいや」そう答えると
「俺、コーラ飲みたいから、取りに行くの付き合ってよ」と誘ってきた。
一哉が自分に気があるのではないかと、薄々気が付いてはいた。あまり二人になりたくなくて、
「歌入ってるからごめんね」と、両手を併せ上目遣いで断る。
一哉は少し面白くなさそうな顔をした後、「ちょっと行ってくる」と言って席を立ち、亜耶はひらひらと手を振って見送る。すぐに紗季の近くに寄り、
「まだ帰らなくていいの?」と聞いた。
「もうそろそろ帰るけど、亜美の家に泊まれるから大丈夫だよ」知らない間にそんな話になっていた。
亜耶は少し困った顔を見せて
「私の家、目の前だから帰るね」と告げる。
「え、ほんと?今度遅くなる時、泊めてもらってもいい?」
「大丈夫だよ。うち、お母さんいないし、父親もそんなにうるさくないから」
「うわぁ、助かる。亜耶大好き」と抱き着いてきた。
亜耶はそんな紗季の頭をよしよしと撫でて、
「今日は先に帰ってもいい?」と紗季の耳元で告げた。
「いいけど、一哉は?何か言われてない?」これ以上の事を言われたくないから帰るのだ。亜耶は少し不機嫌な顔を見せて
「一哉がなに?正直ちょっとしつこくて怖い」
「そんなの、見ればわかるでしょ。あれ、本気だよ」
「えー、やだ。めんどくさい」亜耶は口をへの字に曲げた。
亜耶にとって、一哉なんかより紗季と一緒にいる方がずっと楽しい。
その顔を見て、紗季は「タイプじゃないんだ」と言った後、
「真みたいなのがタイプ?」と聞いてきた。
同じクラスなのに、今日コンビニで初めて話した。素っ気ないけどちょっと気になるところはある。どこがと聞かれると良くわからないけど。
「今日初めて話したからわからないよ」
「否定はしないんだ」紗季がにやにやと亜耶を見つめ
「そんなんじゃない」亜耶は答えた。
畳んでおいたカーディガンとボストンバッグを持った亜耶は、「じゃあ、お先に」と皆にわかるように声を掛けた。
亜美が「あんまり喋れなかったけど、これからよろしくね」と声をかけてくれた。笑うと垂れ目になるのがかわいい。こちらこそよろしくと返事して席を立つ。
会計が気になったが、明日清算してくれるだろう。親戚から集めた高校祝いで、今の時期はみんなお金持ちだ。
「また明日」4人が手を挙げて応じた。ドアを出るとき紗季と目が合い、手を振って部屋の外に出る。
そこに一哉がいた。
カラオケの間中、一哉は亜耶を見ていた。
学校ではいつも紗季と一緒の亜耶に、なかなか親密な話をする機会が無い。今日は同じ中学出身の友人に、自分が亜耶と二人きりになれるように頼んである。
一哉は中学時代、サッカー部に所属していた。動機はサッカー部が一番女子受けが良いと思ったからだ。足が速かったのでそこそこ活躍できたし、それなりにもてていたように思うが、気になっていた学年で一番可愛いと言われていた女子には、ついに仲良くなることも告白することもできなかった。
高校に入ってすぐ、同じクラスの亜耶と紗季の二人が目に入った。二人とも明るくて見た目も良く、すぐに女子のカーストトップだなと思った。紗希は美人でスタイルが良いが、話す言葉が辛辣で癖が強く感じた。亜耶の方は言葉使いが柔らかく、顔立ちも一哉の好みにぴったりだと思えた。
中学の時は思いのほかサッカーに夢中になってしまい、とうとうあまり話すこともなく失恋した。失敗を繰り返さないよう、クラスでは亜耶と紗季に近付いて陽キャのグループと認められるような立ち位置を確保できたように思う。
今日こそは亜耶と距離を詰めて、自分の存在を意識させようと思っていたが、ここまでは上手くいっていない。二人きりになって少し強引に迫ってみようかとドリンクバーに誘ってみたが、歌の予約を理由にすげなくされてしまった。思うようにいかない展開に少し感情的になりかけ、ひとりでドリンクバーに頭を冷やしに部屋を出た。
紙コップに氷とコーラを注ぎ、一息であおる。紗季は亜美の家に泊まることになっていて、亜耶も一緒に泊めてもらうように話をすると聞いている。紗季が亜耶を誘う前に、家まで送ると言って誘い出そう。上手くいけば帰り道で一気に距離を詰める。手を繋いだり、後ろから抱きしめるのもいいかもしれない。高校に入ったばかりの女子は、男女交際にあこがれて彼氏を欲しがるはずだからと、今日来た友人二人も激励してくれた。あんな可愛い子、すぐに彼氏が出来るに決まってる。今日しかない、と。自分に告白され、照れて顔を赤くした亜耶の顔を妄想し、それしかないと決心して戻りかけると、部屋から亜耶が出てくるのが見えた。手にはブレザーとボストンバッグを持っている。自分がいない間に消えようとしている亜耶の行動に、一哉は自分が避けられていると危機感を感じてしまう。
咄嗟に亜耶に近寄り、
「帰るのかよ」とつい強い口調で声を掛けてしまった。
亜耶はやや気まずい顔を一瞬だけ見せ、すぐに
「あ、一哉。今言いに行こうと思っていたんだけど、遅くなってきたし、そろそろ帰るね」と告げた。
なんだよ、ぜんぜん上手くいかないじゃねーか。不機嫌な顔が出てしまっている事にも気付かない一哉に、
「あ、自分の分のお金払うね」亜耶はボストンバッグから財布を取り出そうとした。
亜耶の分は自分が払うと言って、気前のいいところを見せようと計画していた一哉は、慌てて「あ、いいよ。亜耶の分は自分が出すから」と告げるが、亜耶は
「いいよ。自分の分は自分で出す」そう言って財布から5,000円札を出して一哉の手に押し込んだ。
思わぬ展開と亜耶が触った手の感触に一哉が動揺していると、亜耶は
「じゃ、お先に」と、自分を置いて歩き出してしまった。
一哉は慌てて追い縋り「ちょっと待って、送っていくよ」亜耶の腕を後ろから掴んで引き留めた。
突然掴まれた一哉の手の、思わぬ力強さが怖くなり
「え、まだ他の人達いるし、一哉会計もあるでしょ?」手を離してもらおうと、亜耶は腕を引き戻しながら答えた。
「ちょっと待ってて。みんなに言ってすぐ来るから。話があるんだ」
腕を離させようとする亜耶の思わぬ抵抗に、一哉は一旦手を離して取りあえず話を伸ばそうとする。手が離れたことで安堵し、亜耶はこの隙に逃げる事にした。
「家近いから大丈夫」じゃあと手を上げて走り出した。