表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
引き出し  作者: スズカ
1/12

1-1) 16歳の肖像 「プロロ-グ」

初投稿になります。

忌憚のないご意見をお待ちしています。

 向こう側が見えないように、ボードを貼ったガラス窓の向こう側から微かな音がする。

 窓際に置かれたテーブルの引き出しを少しだけ引くと、奥にマネートレーに置かれた数枚のカードが見えた。引き出しを全部開け、トレーから取り出したカードは、白、赤、青が1枚ずつ。テーブルの上の年代物の大型計算機の様な機械に、それぞれの色の枚数を入力すると、赤いLEDが「6,500」と表示した。卓上金庫から5,000円札と1,000円札、コインチェッカーの500円玉を1枚取り出し、カードの代わりにマネートレーに乗せて引き出しごと向こう側に送り返して耳を澄ませる。向こう側からガサゴソと金を取り出す音と、やがて人の気配がなくなるまで息を潜めて数秒。真は色ごとに仕切られた専用の箱にカードを収めた。

 人の気配が無くなると、真は読みかけで伏せて置いた文庫本を手に取った。次にいつ人が来るかは全くわからない。忙しくなるのは、休憩に入る昼前と閉店時間の午後10:00前後だった。

 畳4畳程の小さな部屋。流しと小型冷蔵庫。テレビを見ない真でも知っている、大手警備会社のステッカーが大きく貼られた、この小さな部屋には不似合いな大型金庫。ドアは入口とトイレのふたつ。あとは向こう側が見えない窓だけだった。

 高校の放課後、週に3回と土曜日の朝から夕方まで、真はこの小さな部屋で過ごしている。建物自体は駅前繁華街のパチンコ店の裏手の駐車場の中にあるのだが、部屋のドアは狭い通路を挟んでパチンコ屋の裏口に繋がっていて、駐車場からは出入口が見えないようになっていた。便宜上というか法律に抵触しないように、別棟のこの建物はパチンコ屋と別事業体の「景品交換所」という店舗になっている。客商売なのに真は客の顔をほとんど見たことがない。中学卒業前にこのアルバイトを紹介してくれた叔母は、金額を少なく出して顔の見えない客から怒鳴られた事があるようだが、真は今まで一度もその機会が無かった。

 間違えて出したことがあるのかどうかも正直分からない。少なく出してたらきっと客は怒り、壁を叩いたり大声を出して騒いだりするだろうと想像がつく。逆に多く出していたら、客は思わぬ幸運にほくそ笑み、そのままそそくさと立ち去るのだろうがそれすらも見ることが出来ない。向こう側とこちらはそれだけが行き来する小さな引き出し以外、全く接点が無いのだ。いずれにしても閉店後の集計でカードと金の残金の合計が決められた額から外れた事は一度も無かった。

 もし集計が合わなかったらどうすればいいのか、真はアルバイトを始める前に叔母に聞いた。少なかったら叔母が建て替えてくれるのだろうかと漠然と思っていた真に、「自分で出して」と叔母は真顔で答えた。その返事に、真は多かった時の事も聞こうとしていたのに声が出なかった。こっそり頂いてしまってもいいのかなと思ったりもするのだが、いざそうなったとき、天井に設置されたビデオカメラの目を搔い潜って、金に手を伸ばす度胸は真にはなかった。

 部屋でできる事は限られている。客がカードを置く微かな音を聞き逃さないようにしなくてはならない。一応向こう側には小さなベルが置いてあり、カードを置いた客が鳴らしてこちらに知らせてくれるシステムになっているはずなのだが、どういうわけかベルを鳴らす客はほとんどいなかった。まるでこちらから向こう側が見えているのだろうとでも思っているかのように、客は黙ってトレイにカードを載せる。気の短い客は、真が金を用意している間、荷物置きの台の上で指をこつこつと鳴らしたりする。

 最初の頃、真は間違えない様に多少時間が掛かっても慎重に金を用意して、向こう側から時折聞こえるコツコツという音に焦ったりもしていたのだが、3か月を過ぎて指でコツコツされることも焦ることもなくなっている。ただ機械的に引き出しを開けてカードを取り出し、入力した枚数通りの金額をトレイに乗せて送り返すことが出来るようになっていた。


 放課後にバイトがあるときは、途中のコンビニでパンやおにぎりを買って部屋に入ることがある。終わって帰るのが夜中近くになるので、男子高校生の健康な胃袋は到底もたなかった。読みたい本がなく、勉強をする集中力も無い時、腕立て伏せや腹筋をしたりして時間を潰すこともあるので、コンビニで買う時は結構な量の食料を買い込んでしまう事になる。昼食の弁当も自分で作る一人暮らしの真にとって、弁当が二食分に増えることは全く苦では無かったが、昼と夜同じものを食べるのが味気なくて、連続でバイトがあるときなどはコンビニで買うようにしていた。

 その日も真は、学校からバイト先のパチンコ店に向かう途中、繁華街のコンビニで夕食を調達しようとおにぎりとサンドイッチが並ぶ棚の前で物色していた。コストを考えると弁当物にした方が良いのだが、レンジで温めてもらうと中に入っている野菜などが一緒に温かくなってしまう。かといってレンチンしていないお弁当は、ご飯が固くなっていたりハンバーグなどのソースの油が冷えて変色していたりする。基本食事を残したくない真は、温かくなった野菜もギトギトと身体に悪そうな色になっているソースも口にするのが嫌だった。

 目に付いたおにぎり3個と野菜のサンドイッチを手にしてレジに並ぶと、入り口から同じ高校の制服の集団が入ってきた。その中に、見たことのある生徒が混じっていることに気が付いて慌てて顔を伏せる。真の通う高校は1年生の1学期からのアルバイトを認めていない。ましてや22:00以降のアルバイトは法律でも禁じられている。真はどうにか気付かれないように顔を背け、会計を待った。高校生の集団は同じ1年でも陽キャと呼ばれるカースト上位のグループで、わいわいと騒ぎながら事もあろうか真後ろに並んでしまう。真は頭を抱えたくなった。高校入学から2か月、基本学校では本を読むか勉強している真は、クラスで仲が良い友達もほとんど無く、目立つこともないと思っていた。このまま黙って会計して出れば気付かれずに済むかもしれない。平然と並ぶ事にした真だったが、真後ろにいた女子生徒が不意に真をのぞき込んで「あれぇ?」と声をあげた。

5/27 改訂

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ