ミッション9 魔法を使おう
『報酬として下級魔法書を獲得しました』
ステータスを確認することに成功したところ、報酬としてどうやら下級魔法書なるものを手に入れたようだ。
しかし、獲得したとは言っても自分の周囲を見回してもどこにも落ちているわけでもなく、手元に降って湧いて出てくる様子もない。
一体どういうことなのか不思議に思いながらも休憩も兼ねたステータスの検証を一先ず終え、街の門が閉まる所謂門限というのがこの世界では常識であるから本日の狩りを先に済ませてしまおうと二本木方面の草原を奥へと進むことにした。
ちなみに『冒険者の記録』は手から離れると陽炎のように消えてしまった。
草原に着いて改めてファングラビットを探してみると、点々とだが生息していることが分かる。
間隔的には50m四方の範囲に1羽は見かける程だ。
ただ、走ったりして気配を感じられると無用な争いを避けるように逃げていく。
ゆっくりとした歩調で近づき、後ろから攻撃を仕掛けることで戦闘へと切り替わる。
そうなればファングラビットも覚悟を決めたのかこちらに向かって威嚇を始めるのだ。
臆病な性格ではあるが、いざ戦闘が始まれば打って変わって敵意むき出しに突進をしてくる魔物の本能にこちらも決意を固め、短剣を正面に構えて向かい合う。
小柄な体躯を駆使してジグザグに向かってくるあたり単純に斬り付ければ倒せるというわけでもない。
相手の動きをよく見て進行方向を見極めて武器の軌道上で捉えなければ空を切るだけだ。
自分の体のキレと比べればファングラビットの方が素早さにキレを感じるが、体格の違いと武器のリーチ分を換算することで互角の戦いを繰り広げる。
幸いまだあの鋭い牙で手痛いダメージは受けていないし、バックアタックに成功した初撃によるダメージが多少なりファングラビットの動きを悪くしている。
初撃で致命打を与えていればもっと苦戦することがなかったのにな、と内心ぼやく。
フェイントも駆け引きもなく、最期は振り回した剣の腹がファングラビットの体にぶつかったことで気絶させ、その隙に止めをさして終わった。
ふぅ、これでまずは1羽。
依頼達成としてはあと4羽をこなさなければならない。
『冒険者の記録』でステータスを確認。
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【ステータス】
今井千尋 20才 男
種族:人間(異界)
状態:普通
LV:1
戦力:5
魔力:4
気力:6
知力:10
運力:2
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【スキル】
言語理解LV2、鑑定LV1、恐怖耐性LV1
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ステータスに違いは表れない。
LVでも上がればファングラビットを1撃で倒すことも出来るのだろうか。
そんな期待も込めて魔物を倒して経験値を貯めていこうと思う。
魔物を倒してLVが上がるのかも現時点では分からないのだが。
草原でファングラビットと追いかけっこをすること数時間後、なんとか依頼の5羽分の達成物を鞄に携え、街に向かいながら『冒険者の記録』を確認していた。
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【ステータス】
今井千尋 20才 男
種族:人間(異界)
状態:軽疲労
LV:2
戦力:5 ⇒ 8
魔力:4 ⇒ 6
気力:6 ⇒ 8
知力:10 ⇒ 12
運力:2 ⇒ 5
===========
【スキル】
言語理解LV2、鑑定LV1、恐怖耐性LV1
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途中でステータスは確認していなかったが本日のファングラビット5羽でLVが上がっていた。
これで魔物を倒すことでLVが上がることが分かって安心した。
戦力も3上がっているので次回からはもっと楽になる気がする。
『冒険者の記録』をぼーっと眺めていると風でめくれて違うページが開かれた。
そこにはアイコンのような小さな本の絵が描かれていた。
そこに触れてみるとまるで鑑定した時のように下級魔法書と目の前に表示される。
なんとなく感覚で取り出すイメージを思い描くと冒険者の記録からスルスルっと物理法則を無視して小さな形状から本来の形状へと徐々に大きくなり漫画本程の厚みの本が出てくる。
「これが下級魔法書か?」
下級魔法書を手にしてから冒険者の記録を見てみると本のアイコンが消えている。
取り出すことが出来るのであれば収納も出来るのではないかと試しに下級魔法書を冒険者の記録に入れるイメージを浮かべるとまたスルスルっと入っていった。
マジか。
これってミッションの報酬以外も出来るのか?
そう思って足元にある石ころを冒険者の記録に押し当てて収納するようにしてみると同じようにスルスルっと入っていく。
おおーーー!!!
これは所謂アイテムボックス?ストレージ?空間収納?
ついに俺はチートアイテムを手に入れてしまった!
弾む心についつい顔がにやけてしまう。
そして更に手持ちの鞄を収納してみようと試してみると・・・しかしこれ以上入っていく感じがしない。
何故かは分からないが感覚的に無理だと理解してしまう。
石ころを取り出してから鞄を入れてみると今度は入った。
鞄にはファングラビットの死体5羽分もあるし、お金の入った財布袋も入っている。
冒険者の記録には鞄のアイコンがついている。
内容物に関わらず収納できる数は2個ということが分かった。
そして収納する対象の大きさに制限があるかもしれないが大きめのリュックサック程の大きさの鞄は収納可能だ。
明らかに『冒険者の記録』よりも大きいのに収納可能というファンタジー収納機能をゲットしたのだ。
収納の仕様をある程度検証し終えたことで改めて下級魔法書を取り出す。
魔法書を開くとそこには見たことのない文字がずらずらと並んでおり一切読むことができなかった。
パラパラと捲っていくと文字の中には図形や絵も描かれていて何となく火水風土光闇といった魔法属性的なことが書かれているのだと思われる。
一通り魔法書を読み終えたのだが特段何か魔法を覚えたような様子もなく、何がきっかけになるのかも予想が付かなかったのでとりあえずギルドに戻って達成報告を済ますことにした。
魔法書を読むだけで魔法を覚えるようなシンプル設計ではないようだ。
とことん転生者に優しくない設計だ。
「お疲れ様っす!ファングラビット討伐の依頼報告っすね。確認するのでちょっと待っててっす」
夕方の受付には相変わらず軽い雰囲気のチャミーが対応していた。
ついでだし魔法についても何か知らないか聞いてみるか。
「お待たせっす。問題なく依頼達成っすね。また明日もがんばってくださいっす」
そう言ってカウンターの上に達成報酬の硬貨を並べていく。
「ちょっと聞きたいんだけど魔法とかってどうやったら覚えられるのか知ってる?」
「えっ?魔法っすか?あたしもあんまり詳しくないっすけど・・・あ、そうだ。もし良かったら魔法に詳しい人を紹介するっすよ?」
チャミーのいう”魔法に詳しい人”の住所と名前を教えてもらい訪問することにした。
本来なら夕方に差し迫った時間帯で訪ねることは遠慮すべきと世界共通の常識で日を改めようと思ったのだが、チャミー曰くその人は夜行性の変わった人らしく昼に行っても寝てるか居留守するから夕方から夜にかけて訪ねた方がいいとのことだ。
太陽も地平線に沈み、世界の半分が暗闇のカーテンで覆った空を背景に住宅街を抜けて家が少なくなった先にそこはかとなく不気味な雰囲気を纏った館に辿り着いた。
門構えはしっかりとしているのだが蔦が生い茂っており手入れはされていない。
庭は広いが雑草が好き勝手に伸びていて玄関までの轍が辛うじて残っているといった程だ。
入ることも憚られる思いだったがせっかくここまで来たからというのと魔法を覚えるためということで重い足を前に叩きだす。
コンコンコン
背中に冷たい汗を感じ緊張した表情で暫らく待っていると、ガチャっと扉が開く。
「どちら様かしら?」
現れたのは魔女の衣装を纏ったコスプレ少女。
一気に緊張が緩和され、ついつい見た目で娘さんかもしくはお弟子さんかと判断してしまう。
「俺は冒険者をしているチヒロ。こちらに魔法に詳しいジョカさんがいると聞いて訪ねたんだけどジョカさんはいるかな?」
訝しげにこちらの全身を見る少女。
「私がジョカだけど何の用かしら?」
「え?いや、ええっと魔女のジョカさんはいるかな?」
「だから私がその魔女のジョカだけど?」
魔女と聞いて皴の深い白髪のお婆さんを想像していた手前理解が追い付いていない。
確かに黒猫をペットにした少女が魔女だったりすることもあるけれど一般的に魔女といったら不気味な色をした液体を大きなツボでぐつぐつやっているのを想像してしまうのだ。
「そ、そうか。えっと、本当に?」
「まだ疑っているのかしら。あなた初対面で失礼ね。用がないなら帰ってちょうだい」
そう言って何かを呟いたかと思ったら突風が吹き、俺の体は庭の雑草をクッションに吹っ飛ばされた。
ぐえっ、とリアクションをしている間に扉は閉められていた。
ここまでなってから自分の行いが無礼であったことを思い知り、改めてドアを叩くが返事はない。
それでも諦めきれず何度も繰り返していると扉を挟んで屋内からくぐもった声が聞こえる。
『自らの行いを改めなさい。そうね、誠意ある行動のひとつでも必要ではないかしら』
はっきりと拒絶の返事をもらい、チヒロは日を改めることにして暗い夜道をとぼとぼと歩き安宿へと帰っていった。
◇◇◇
翌日チヒロはギルドには行かず依頼も受けていなかった。
何をしているのかと言えばジョカの館へと足を運んでいたのだった。
まだ日も高いうちからザシュッ、ザシュッと音を鳴らし、広い庭の雑草を刈っているのだ。
1時間やってやっと門から玄関までの道がそれなりに綺麗になったが全てを刈りつくすにはそれこそ日が暮れることだろう。
それでもジョカの認める誠意ある行動に値するかは分からない。
しかし喜ばれそうな物を送るにも資金に余裕があるわけでもないし好みも分からない。
実際庭を勝手に手入れするのもどうかと思うのだがやり始めたらいつの間にか夢中で刈ってしまうのだから不思議なものだ。
全て刈り終えた頃には雑草が山のように積み上がっており、一応庭の端っこに集めたのだが自分の身長を越える高さになったのは驚きだ。
庭は見違えるほどに解放的な空間となり、一際庭の広さが感じられる。
塀の蔦に取り掛かるとするか、といつの間にか目的と手段が逆になっているのにも気付かず気合を入れていると、
「あら、昨日の無礼な男ではないかしら。これは一体どういったおつもりでして?」
相変わらずのお嬢様口調で魔女のコスプレ感が抜けない少女が後ろに立っていた。
庭の掃除に夢中になっていたチヒロはぎょっとしたが一瞬でなぜ自分がこんなことをしているのかに我に返った。
「昨日は見かけで判断してしまいすみません。ジョカさんに魔法について教えて頂きたく訪問しました。勝手ではありますがお詫びになればと思い庭の手入れをさせて頂いております」
「ふ~ん、あなた意外と高度教育を受けているのかしら。もしかして層落ちした貴族様かしら?」
「層落ち?いや、俺は貴族でもなんでもないただの冒険者です」
「なら追放された大商人の倅とか?まあいいわ。あなたのお詫びとやらを認めてあげる」
「ありがとうございます。それで魔法について」
「その口調ももう結構よ。私のことはジョカと呼べばいいかしら。話は中で聞こうかしら」
また呟くように何かを唱えると庭の端に積まれた雑草に向かって火の玉が飛んでいき数秒かけて灰に変えた。
「もしかして庭の手入れなんてすぐに出来ちゃうのか?」
愕然としながら彼女の背中を追うように家の中に入っていった。
家の中は本棚と作業台が乱雑に配置されており、何かしらの研究をしていそうな雰囲気を醸し出している。
見た目は少女だがやはり魔女。
そしてチヒロはピンときた。
はは~ん、さてはファンタジーものの定番、ロリババアだな!?
そう思うと今度は俄然彼女の素性に興味が湧いてくる。
自然とにやけていたのか表情を読み取られてキッと鋭く睨まれたチヒロはすぐに彼女への好奇心を捨てた。
作業台近くの椅子に腰掛けて早速魔法について教えてもらうことにした。
「魔法を覚えるにはどうすればいいのか教えて欲しい」
「教えるのは構わないけど対価は何かしら。それともただで人にものを頼めるお坊ちゃまなのかしら?」
「対価・・・対価か、そうだよな。はっきり言って金はあまり持ち合わせていない。だからジョカの手伝いをするっていうのはどうだ?」
「ふ~ん、手伝いか。うふふ、じゃあそれでいいわ。対価は魔法を覚えてからお願いするでいいかしら?」
「後払いってことだな、俺としてはその方が有り難い」
「じゃあ早速教えるわ」と言って本棚から一冊の本を取り出してチヒロの前に置く。
置かれた本は報酬で手に入れた下級魔法書と同じ大きさの本だった。
「これは・・・魔法書?」
「そう、この魔法書を詠むことで魔法を使うことが出来るようになるわ」
「読むだけでいいのか?」
「ええ、詠むだけでいいわ」
下級魔法書と同じであればチヒロは一度すでに読んでいる。
しかしそれでも魔法が使えるようにはなっていないのでジョカの言葉は疑わしい。
半信半疑ながらも読まないという選択肢はこの場においてなかった。
暫らくジョカの魔法書とにらめっこするのだが報酬で得た下級魔法書と同じく怪文書であり図形があちこちに描かれているだけで変わらず読むことは出来なかった。
チヒロが本を閉じたのを確認しジョカは告げる。
「さあ、あなたはこの魔法書をどう詠むのかしら」
・・・暫し沈黙
「全然読めないんですけどー!?」
「きゅ、きゅうに大きな声を出さないでもらえるかしら!?びっくりするじゃない」
一呼吸おいて落ち着いたのかジョカが続ける。
「あなた魔法の初歩的な知識、つまり常識が欠けているのかしら。魔法書は読むのではなくて詠むものなのよ」
「読むじゃなくて詠む?」
「そう、魔法書は現象の理を文字化、図形化して魔法のイメージを固める、といったものかしら。または設計図といった方が分かりやすいかしら。その設計図を基に魔法を構築する。その構築が即ち詠唱、即ち詠むということよ」
「詠む、詠唱・・・ああ、なるほどそういうことか。それでなんて詠唱すれば魔法が使えるんだ?」
「はぁ、本当にあなた何も知識がないようね。詠唱の仕方、つまり詠み方は人ぞれぞれ。私が唱える詠唱であなたが魔法を使えることはまずないわ。魔法は使う者によって十人十色、それ即ち魔法適正ってことかしら。魔法現象をよく理解せずに難解な詠唱を唱えたところで破綻して上手くいって魔力が霧散し、下手すれば魔力が暴発して大怪我じゃ済まないかしら」
魔法ってそんな怖いものだったのか、と改めてファンタジーの現実を知った。
とは言え魔法を覚える必要があるのは変わらないのだ。ミッション的に。
「わ、わかった。例えばジョカはどうやってイメージして詠むんだ?」
「そうね、この魔法書だと・・・火の最下級魔法が描かれているから」と前置きをこぼし、
『石鳴らせ 炎の子供よ 踊り給え 炎の精の小躍り』
詠唱を終えるとジョカの手のひらにはソフトボールくらいの火の玉が浮かんでいる。
近くにいるだけで火の熱量が伝わってきて本物の炎と何ら変わらない。
間近でまじまじと魔法を体験したチヒロは魔法の火の玉に魅せられていた。
少ししてジョカの手のひらから火が消えてどこか誇らしげな表情の少女が胸を張る。
「どうかしら?これが魔法というものよ。あなたに出来るかしら?」
少女のドヤ顔がやけに鼻に付き、チヒロのやる気に火が付いた。
「よーし、やってやるぜ!」
そう言って改めて詠んでみようとしたところで「やるなら家の外でやるといいかしら」と告げられて風の魔法で家を追い出されてしまった。
「いててて、何も魔法で雑に飛ばさなくてもいいのに・・・」
ジョカが感情の機微に目ざといことをまだチヒロは理解出来ていない。
やる気の見せ方がこんな少女に負けてられるか、それが彼女には伝わってしまっていたのだ。
そんなチヒロは「まぁ確かに家の中で暴発されたら嫌だろうから仕方ないか」と納得もしていたのだが。
再び火の魔法書を開き、文字や図形が設計図という意識を持って眺めてみると確かに何かしら火にまつわる事柄が描かれているのだと絡まった結び目を解くようにイメージが固まっていく。
魔法書を読み解くこと数十分。
チヒロの中には『ファイアボール』という魔法名が脳内で固まっていた。
詠唱は、というと特に思いついていない。
庭の中で魔法を放つのもなんだか悪い気がしてしまい、空に手をかざして『ファイアボール』と口にすると、体内の何かがぐるぐる回るような感覚に少し酔いながらイメージした通り体内の何かがかざした手に集約されるように凝縮していき、やがて手のひらから炎と呼ぶには頼りない小さな火が浮かび上がる。
そして空へと打ち上がった。
ひゅー、という擬音が付きそうなその火の玉は2階建ての館の天井を越えた辺りで消えてなくなった。
『ミッション達成』
『特殊ミッションの達成を確認』
『報酬として『界』<壱の段>を解放しました。これにより探知LV1、結界LV1を獲得しました』
最後まで読んで頂きありがとうございます。
☆合間の小話
「ねぇ、タルマは魔法使える?」
チャミーは彼氏にふとそんな質問を投げかけた。
彼氏と家族には「っす」という語尾は付けないのが彼女のマイルールだ。
「あん?オレはそんな野暮ったいもんつかぁねぇよ。腕っ節だけで成り上がるのが漢ってもんだぁ」
ぎゅっ
「やっぱりタルマはちょーカッコイイ!!」
「お、おう!チャミーもか、可愛いぜ?」
甘い空気が2人を包む。
自然と2人の距離が近づいていき目を閉じる。
「お゛いごら?ウチの店ん前で何イチャこいてやがるんだ?ってチャミーじゃねぇか!?」
「お父さん!?」
「お義父さん!?」
「だぁれがお義父さんだ?しっしっ」
チャミーの首根っこを掴んだかと思えばタルマに向かって手で追い払うような素振り。
「ま、またなチャミー」
と残し走り去っていく彼氏(笑)
「はぁ、子離れ出来ない親はこれだからまったく・・・」