ミッション7 回復薬を使ってみよう
絶体絶命とはこのことだ。
『報酬として<冒険者の記録>機能を追加します』
呑気に美声が頭に響くがそれ以外は鳥肌、警鐘、救難信号といった危険が全身を硬直させる。
ガサガサガサ・・・
背の高い草むらから雑音を交えながら現れたのは緑肌の大柄な鬼。鬼と表現するのは額に角があるから。
体高およそ二メートル。その姿は筋肉の塊。
間接を節目に盛り上がった筋肉は動きに合わせて脈動している。
まだ相手との距離は幾らかあるが気配を察知しているのかはたまた匂いや音で感知しているのかは分からないが確実に距離を縮めている。
慌てて身を低く草むらに潜ませ、鑑定LV1を実行すると<オーガ>と表示された。
よりによってオーガか・・・
前日にゾジーから魔物の知識を与って得た中で、近辺で最大級に警戒しなければならない種族がオーガだ。
オーガとは鬼種の中では低級だが、その膂力は他の種族(例えばゴブリンやウルフなど)の上位に相当するほどで発見したら即座に逃げなければ最低でも中級冒険者クラスでもないと死は免れないと注意を受けていた。「まぁ、ここ最近は出没報告も出てきていないし年に一件や二件くらいの頻度だから余程運が悪くなければ大丈夫」と言っていて油断してしまった。
というよりかは俺が余程運が悪い、のか。
運なんてのはゲームみたいに数値で確認できるわけでもないし、日々変動するものだと思う。
毎日テレビで占いをやっているくらいだし、良い日もあれば悪い日だってある。
毎日良い日だと思えるのは運に左右されない心の在り方をしている者だけだ、と哲学的な思考を巡らせてしまうが状況は最悪だ。
(どうやって逃げ切るか・・・)
初手での状況判断がこの後の展開を大きく左右することは安易に想像がつく。
だがだからといって選択肢が多いわけでもない。
真向から立ち向かう・・・軽傷を追わせられるのが関の山だ。
一目散に駆けだす・・・瞬発力の高いオーガに追い付かれて殺される。
注意を引いて逃げ切る・・・可能性はあるが手段が心もとない。
木に登りやり過ごす・・・木ごと倒されるか登り切る前に捕獲される。
誰かに助けてもらう・・・周囲には誰もいない。
消去法で注意を引くことしか選べられない。
選択肢の少なさはその人の弱さを物語る。
(さて、どうやって注意を引くか。前の狼は干し肉でやったがオーガはそれほど匂いに敏感でもないだろう。石でもぶつけてみるか?いや、それって単純に挑発してるだけだし怒りのボルテージを上げるだけで悪手だよな・・・打つ手がないじゃねーか。死んだふりでもしてみるか?あれって実際熊にやっても意味ないって聞くし、うーむ・・・)
思考は爆速で回転するが刻一刻と鬼の足はこちらへと進んでいる。
『ミッション発生 回復薬を使ってみよう』
こんなタイミングでミッション発生か・・・
しかも回復薬なんてものもあるのね、知らなかった。
でもお高いんでしょう?なんて深夜の通販での一コマを想像しながらその瞬間に選択肢が増えた。
まずは小ぶりの石を相手にぶつけてから一番近くの大木を目指し、見つかるのを覚悟に全力で走った。
装備を付けたことで重量が増えた分、身軽さはなかったが捕まる前になんとか木の足元まで到着することが出来た。
しかしそのすぐ後ろにはドスドスと音を立てる鬼の足音。
すかさず木の裏に隠れるように位置取りを済ませ「こっちだクソ野郎!」と叫び手招きをする。
挑発の上に挑発を重ねて、怒りのボルテージを上げたオーガは恐怖さこそ変わらないが動きは単調に見える。この思考の冷静さは『恐怖耐性LV1』の恩恵だろうか。
掴もうとする鬼の大きな手のひらを擦れ擦れで躱し、足元に思いきり剣をぶつけてやる。
[グォッ!?]
俺の攻撃がノーダメージだったら詰んでいたが、少なからず痛がる素振りをしたことを見て取り、次の大木を目指して走る。
三度同じ戦法を繰り返し、オーガは片足を引きずり追いかけてくる。
こちらは三度目の攻撃の後にオーガの振り回した腕が脇腹に当たり大きなダメージを負っている。
「くっ、あばら骨が数本逝ったか」なんてセリフを吐き出しながらアドレナリンで誤魔化された痛みに歯を食いしばりながらがむしゃらに街の方角へと走った。
◇◇◇
「はぁ、はぁ・・・痛ってぇぇ」
息を切らし、治まったアドレナリンのせいか、痛みが大きく産声をあげる。
「でもなんとかあのオーガを撒くことができた」
後ろをチラチラ警戒しながらも街に戻ることを最優先にして重たい体を前に押し進める。
やっとの思いで街に帰還すると安堵からか目が潤む。
とりあえず冒険者ギルドに行って鞄の中の成果物を渡さなければならない。
「お疲れ様っす!今日はファングラビットの討伐を受けたらしいっすね。結果はどうだったっすか?」
「ああ、いろいろとハプニングもあったけど、ほらこれ」
そう言って牙兎を鞄から取り出す。「あ、ちょっと待ってくださいっすぅ!」と言ってトレーをカウンターに置き、それに載せて提出するらしい。
「もしもっと大きな成果物の時は台車があるっすよ」と補足もしてくれた。
達成報酬の銀貨三枚を財布用の小袋に入れて、「一応報告なんだけど」と切り出しチャミーにオーガのことを伝えた。
「マジっすか?よく生きて帰って来れたっすね。それに報告ありがとうございまっす!情報提供の報酬で銀貨一枚追加するっす」
「情報提供でも報酬が貰えるの?」
「当たり前な話っす。ギルドは独立機関ではあるんすけどその地に生活する人とは密接に関わっているんす。領主や国からも街の近辺の防波堤としての役割もあるんで情報をお金で買い、調査を行い、結果を偉い方々に報告してギルドは報酬を貰うっす。いくら貰ってるかまではさすがに知らないっすけど情報提供料なんてはした金に過ぎないみたいっすよ。ま、自分も受売りっすけどね」と言ってニカッと笑い説明してくれた。
「あ、ただあんまりガセ情報を流していると国や領の管轄兵に目をつけられちゃうから気を付けるっすよ」
「ああ、嘘の報告なんてしないから大丈夫だ。ところで回復薬ってどこで手に入れられるかな」
「どこかケガでもしたっすか?道具屋に行けば品切れじゃなければ売ってるっすよ」
「ちょっとオーガに殴られただけだ。じゃあ道具屋にいってみるよ」
「はい、お疲れっす!」
次の方~、と夕方より少し早い時間だが冒険者はこの時間からが報告ラッシュで忙しくなるので早々に立ち去る。
冒険者の様々な成果物により血生臭かったり、ツーンと鼻を摘まむような匂いが至る所から放出されてギルド内に充満させていく。ギルド職員も大変だな、と他人事程度に感心した。
ギルドの近場にあった道具屋に入ると店側と客側を分け隔てるようにカウンターが設置され、奥の棚には得体の知れないアイテムが所狭しと陳列されていた。
「いらっしゃい、何をお求めかいな?」
「回復薬が欲しいんだけどあるか?」
「あるにはあるけど下級・中級のどちらかだよ」
「じゃあ下級を。いくらするんだ?」
「ここに値札があるだろう?銀貨2枚さね」
まだ文字の読みは完璧ではないので数字の2しか分からなかった。
どれが下級回復薬なのか分からなければ値札があろうがなかろうが見て取れないのだ。
銀貨2枚は高いと感じつつも本日の報酬の半分を道具屋の婆さんに渡し、回復薬を受け取る。
焼き固めた小ぶりの土瓶はふらふらっと横に揺らすと液体が入っていることが分かる。
「ちなみにこの回復薬の使い方は?」
「おやおや、あんた何も知らないのかいな。体内を癒すなら飲めばいいし、外傷ならかけたり塗ったりすりゃええよ」
「そうか、ありがとう。他の道具も気になるし財布に余裕が出来たらまた来るよ」
「そうかい。まぁ頑張りな。暇な時なら道具の扱い方を教えてあげるさね」
「ほんとか?その時は世話になるよ」
「くくく、礼儀を弁えてる若者には親切にしたくなるってもんさ」
じゃ、と言って手を上げて店を出ると日は地平線へと沈むところだった。
傷むあばらを擦りながら早速回復薬を飲み込んだ。
うげ、青汁のような草の味が口の中を満たしていく。
涙目になりながらも我慢して飲み込んでみると、あばらの痛みは無くなった。
強く触ればまだズキズキとはするが鎮痛剤のような効果もあるのかもしれない。
『ミッション達成』
『報酬として<ステータス>機能を追加します』
おふっ?落ち着く時間もあまりなかったので忘れていたがそう言えばステータスってこの世界にあるのか?
最後まで読んで頂きありがとうございます。
★合間の小話
「オーガの出没報告があったっす」
「なに!?本当か?情報の確度は?」
「新人冒険者のチヒーロさんからの情報っす。確度は低いっすけどあの人嘘はつかなさそうっすね」
「そうか、調査依頼を出しておいてくれ」
「了解っす」
「ところでアイツとは上手くいってるのか?」
「モチのロン!ラブラブっすよ(ニコッ)」
「(チッ)もういい、仕事に戻れ」
ガチャ
・・・はぁ、私もあんな喋り方をすれば彼氏出来るのだろうか・・・
「ああ、彼氏欲しい…っす」
∥д・)ソォーッ…
「ギルマス、ファイトっすよ」