突きつけられた離婚届
「ヒロキーーーーー私と離婚して下さい」
「ーーーーーは?」
嗚呼、どうしてこうなってしまったんだろうか
ーーーー
「……えっ?!えっ、何?り、離婚?!なんで!!!」
「聞いてたでしょ、離婚してほしいの」
そう言った嫁の手には突きつけられた離婚届、もう全て諦めきったかの様な目でこちらを見ていた。
「ちょ、待って急に離婚ってなんで?!昨日までお前普通だったじゃん!」
負けじと俺も抗議する、当たり前だ
アヤをじっと睨み返す。肩まである長い茶髪、毛先には派手なピンク色を入れていて本人曰く女だからと舐められたくないと毛先に派手な色を入れたというのが理由のようだ
少しタレ目ガチの目が無理に吊り上がってしまっている
お世辞にも美人ではないが、愛嬌のある可愛い部類の顔をしていると思う。
話が逸れてしまったがそんな嫁と時には喧嘩しつつ、お互い軽口叩けるくらい気さくで仲の良い友達のような夫婦だと思ってた。昨日の夜も一緒に飯食ってアメトークを一緒に見て普通に過ごしていたはずだ、なのに
「……本当に自覚ないんだなー。もうさ、疲れたんだよ良いから離婚してくれ」
「意味わからんって!俺の気持ちはどうなんの?!突然言われたって困るよ!!」
「知らん。いいから離婚して」
「無理だって!第一お互いの親にどう説明するとか…そもそも俺はしたくない!無理!しない!ヤダ!!」
「……いいから」
「よくない!!!何だよお前、何かあった?!そうだ、甘いもの食べよう!ちょっと糖分取ろう!なっ?!アイス冷蔵庫にあったはず…」
「……ぃいから離婚届に判子押せやぁぁぁぁぁああああ!!!!!!!!!!!」
ーーーー切れた
般若だ、アイスを持って固まってる俺にはアヤが般若に見えた。
般若が離婚届を持ってジリジリと近寄ってくる。殺られる、そう思ってしまうほどすごい形相だったのだ。
アヤは鼻がつくくらい顔を近づけ俺に迫る
「理由もロクに説明しないで悪いと思ってる。でももう理由を説明するのも疲れた、お願いだからここに判子押して」
アヤの茶色の瞳が潤んでる、長いまつ毛が瞬きする度に揺れていた。俺を見つめる瞳は怒っているが、同時に悲しそうな雰囲気を感じ取らせる。有無を言わせぬ表情に俺はアヤが冗談ではなく、本気で言ってるんだと悟ってしまった
一体なんで、どうして
同時に悲しさや怒りが込み上げてくる
納得いかない、でもコイツは言ったら引かない。何がなんでも俺に判子を押させるつもりだ。俺の何が悪かったんだろう、わからないわからないわからない。そして今のコイツはそれを教えてくれる気がない、それだけはわかる。
そう思った瞬間、目の前に突きつけられた離婚届を俺は奪い取り……ーーーーーー玄関目掛けて走った
「ちょっ?!」
驚くアヤが視界の端に映る。構ってられるか、今は一時撤退するのみ
ドアノブを乱暴に回し玄関から飛び出す
片手には離婚届、そしてポケットに入れっぱなしのスマホを持って俺は二人の家から飛び出したのだ
ーーーー
「はぁ……」
あの後俺は走って走って走りまくって家から10㎞離れた大池公園に来ていた。池を遮る柵にもたれて溜息をつきながら改めて離婚届を眺める。
「なんで急に離婚なんて…」
わからなかった、本当にわからなかった
付き合って2年、結婚してから6年目経つ。アヤと出会ってから8年も一緒にいたのだ
そりゃ新婚のようなラブラブ夫婦でもないがかといって冷めきった関係でもなかった。少なくとも俺はアヤの事を愛していて、あいつからも変わらず好意を向けられていると感じていたのに
「なにかしたかなー…あいつのお菓子食べちまったこと?好きなバラエティの録画失敗したとか…あと唐揚げにマヨネーズかけちまって味が薄くて悪かったな!って怒られたっけなあ…」
色々思い返そうとするが、これといって原因が思い当たらなかった
唐揚げにマヨネーズをかけただけで一緒に過ごした8年が嫌になってたまるか
そう思い名前の書かれた離婚届を眺める。
少し丸みの掛かった文字でアイツの名前が書いてあった
それを見ると切なさと疑問が一気に込み上げてきてモヤモヤと胸がザワつく
「よし!悩んでても仕方ない。落ち着いてもう一回ちゃんと話しよ」
そう言って柵にもたれかかったまま気を引きしめるために思い切り伸びをした
ーーーーーバキッ
「……へっ?!」
古びた木製の柵が嫌な音を立てる、まさかーー
ボチャンッッ
そのまま池に落ちた俺の体を何者かが引きずり込んでるかのように
もがいて
もがいて
もがいてもあがれず
ゴボッーーーー!!!!
そして俺は息が出来なくなり、意識を失った