06「十分な手加減不足」
バレーコート一面分の面積はだいたい162㎡である。
そのほとんどを赤い液体で浸したのだから、おのずと用意した液体の量も類推できる。
一リットルのペットボトルを全部こぼしても全然足りない。そしてそれが致死量ぎりぎりのラインだ。
赤色にまみれた四人の生徒たちは、なにやら呟いている。同じフレーズを繰り返しているようだ。
「矢を富み、春を越す、来たる透園に備えて紅蓮を捧げよう、戻るは白、帰らぬ刃、正式等価値の宿命を辿る」
その時、赤色のぬめりを踏み誤った我らが探偵万水雫は、盛大に転げまわった。
「いてて…」
四人はそれぞれ驚いたような、気が抜けたように音の方向に振り返った。そして煤沢が言う。
「万水。こんなところに来てなにを?」
一触即発かと思ったが、意外なことに冷静だ。
「第一、第二、第三学園の名前って、その訳の分からない呪文に由来してるわけじゃないよね?」
「これは誰かれ広めていい雑学じゃないが…特別に教えてもいい。『土地に関連した言葉、特に名前を含めるのは呪文の常套手段』だ。お前に予習する気があるとは思わなかったよ」
「いや、予習とかじゃなくてね。僕呪文を学ぶ機会ないし」
矢富、春越、そしてここ、透園学園。柱陽市の高等学園三つの名前だ。それぞれにきっちり33%程の地元高校生が進学している。
あるいみ仲がいいともとれるし、仲が悪いともとれる。教師が三つを点々とすることもあれば、生徒がそれぞれにしかない部活を目当てに遠通いをする場合もある。
この出来のいい体育棟もこれが理由と手帳に太文字で記載されているし間違いはない。
一方悪ガキどもの派閥が三つもあってそれぞれぎりぎりまで均衡しているのも、この三角関係があってこそだろう。
「…そうだったっけ。」
四人に一瞬だけ躊躇いの様な動揺が走る。しかし、一回だけ目配せして、それから手を振りかざした。
「悪いな、万水。死ね」
四人それぞれの振った腕が、赤く光った。
水のような、刃のような光が、万水に襲い掛かる。
「うぁあ」
どくり、ぐちゃ。そういう音が部屋に響き渡った。
しかし、その音は万水雫のケータイから再生されていた。彼の悪趣味な着信音だ。しかもそれは、興味をそそる相手に設定した特別な音。
「うん。もしもし」
場所が入れ替わっていた。四人の前に居たはずの万水は四人の後ろに居て、もともと彼がいた場所には煤沢の着ていた赤色の制服が落ちている。
「え?」下着だけの煤沢が訳も分からず自分の制服を呆然と眺めている。
「女子の制服ってさ。実は簡単に脱げるんだよね。まあこの場合は僕がやったから剥がせると言った方がいいか。なんにせよ、猫パンチで身長170cmの高校生を倒すってのは難しいよ。特に距離ね」
万水は手についた赤色の血を自分の制服で拭いながら、もう片方の手を制服の内ポケットに突っ込んだ。
そして、拳銃を取り出した。
「君たちを警察に届ける。もしくは殺す。よし、好きな方を選んでくれ。いや、なんでもないよ、こっちの事。え? いやいや、聞き間違いだよ」
「じょ、冗談のつもりか? どうやったか知らんが、お前もう既に呪文を知って…」
敗戦濃厚な四人は、既に目の前の探偵志望を鬼か悪魔かと認識している。
私が出ていくよりかは、まあ隠れてた方がましか、さすがに銃が出てくるパワーバランスでなにか役に立てるとは思えない。
しかし、奴め銃を高校に持ち込むとはどんな神経と常識をしているのか。というか、どう入手したのか。
手帳には書かれていなかった。