適材適所でいきましょう
「やべ、その辺りのやつルキにもプリントして渡しこい」
「その山なら今朝ルキ様が怒りながら一度持っていかれましたけど……」
「さすがルキ。じゃそれはいいか」
「というよりルーク様!なんでこんなに仕事をため込んでるんですか!もしかしていつもこんな事に?」
高い壁のように積み重なる書類の山に、現実逃避をしたくなるのを堪えて私は書類整理に精を出す。
ことの発端としては明日ある定例晩餐会の招待状の存在を今日知ったということだ。
そこから私まで同行しなきゃいけないということと、ルーク様がその会議で使う資料に全く目を通していないという事実を知って、慌てて準備をしているところなのだ。
本来なら下僕としての仕事ではないんだけれど、専属に昇進(泣)すると主個人の面倒を見るのが仕事になるわけで。
主に関わる事なら漏れなく全てが業務となってしまうのだ。
まさかルーク様がこんなに仕事をしてるとは思わなかった。ゲームをプレイしてる時なんて、この人全く仕事なんてしてなかったんだもん。もちろんこれでも貴族のヴァンパイアだからニートだとは思ってはいないけど……正直ちょっとは思っていたけれど!
やっぱり現実はそんなに甘いものじゃない。こうなるともうゲームじゃないよね。社畜同然で恋愛要素の一つもないんだから。
いや、私はサブキャラだからそういうものなんだけど……。
小さくため息を吐き手元の書類に目を通し、軽く内容を見て仕事を振り分けていく。
「んなわけねぇだろ。今回に限ってはお前のせいだからな。それにしても、まさか引きこもりのお前が部屋から出て手伝うとはな」
そう言ってルーク様が目を向けた先には、黙々と作業を進めてくれているノエル様が。
それは私も思った。ノエル様は人と関わるのが嫌いだから絶対断られると思っていて、それでもダメ元で頼んだらこの状況だ。
「オレの可愛いリイルに頼まれたから仕方なくだから。じゃなきゃこんなところ来るわけないよ。本当はオレの部屋で二人きりでやりたかったのに」
「……お前の生意気な口縫い付けてやりてぇところだけど、今はお前の経理能力の為に我慢しておいてやるよ」
そう今日はルーク様の専属の日なのだけど、このあまりにも悲惨な状況に私はノエル様に助けを求めたのだ。
以前ノエル様のお仕事を手伝った時、ノエル様の天才的な処理能力に愕然としたものだ。正直内容は難しすぎて全然わからなかったんだけど、それでも素人目に見てもノエル様がズバ抜けて突出した才能がある事くらいすぐに分かった。
ゲームの中じゃ……省略するけどやはり恋愛に重きを置いていたせいか、あまりみんなの才能らしき才能はみられなかった。
まあお仕事ばっかりしてる乙女ゲームなんてないもんね。
今はとにかく時間が惜しい。これまで見てきた中で思ったことは、どうもルーク様は経理系の仕事が苦手らしい。そんな中、逆に経理系が天才的なノエル様。これは手伝ってもらわない選択はない。適材適所だ。
そんなことを思っていると、三分の一程終わらせたノエル様がペンの羽に気を取られ始めた。
この短時間で三分の一終わらせるのも、普通の人じゃ出来ないし凄いことなんだけど、ここでノエル様に抜けられるのは正直明日の予定が詰んでしまう。何とかしなければ。
ノエル様にも以前程の恐怖感はなくなり、だいぶ対応も分かってきたところで、ここはノエル様のやる気を出してもらおう。
「ずっと思ってたんですけど、ノエル様のお仕事姿とってもカッコいいですね!私、ずっと見てたいくらいです!」
きゅるんとキラキラの視線をノエル様に向ける。
我ながらこの変わり身の早さ。もはや女優じゃないかと自負したくなる。
「そう?ふふっ嬉しいな、リイルはオレの事大好きだもんね」
その言葉に笑みで返すとノエル様はぽんぽんと自分の膝の上をさす。
「おいで、リイル。リイルがいればこんな仕事なんてあっという間にできるよ。ずっと一緒だよ」
近くに行くも、さすがに膝の上は…と躊躇っているとそのまま腰を引き寄せられ、有無を言わさず座られされる。
そしてそのままぎゅっと抱きしめられる。
ノエル様ができるやると言うことは、必ずやるということで今までの経験上信用に値するので安心する。
最後の言葉は相変わらず、どこから出てきたのかわからないぶっ飛んだ思考なんだけど今はもういいや。
とりあえずは、こちらの仕事に関してはノエル様が完璧にこなしてくれるはずなので安心だ。
問題はこっちだ。
「…………」
視線をルーク様へ向けると今にも周りのものを破壊しそうな勢いでこちらを睨みつけている。
あとで聞いた話だけど、あの一件以降、反省したのか周りの物が破壊されるような事態は起こっていないらしい。あれ以前は、まあまあな頻度であったらしいんだけど……知らなかった。
一周目二周目は離れの業務ばかりで本当に関わらないようにしてたもんね……。
何にせよあんな事は二度とごめんだ。
二人が本気で喧嘩でもしたら私のみならず、下僕みんなが呆気なく死亡ルート直行なんだから。
さすがにこのままだと、ルーク様の機嫌と私の仕事もままならないので、ガッチリ拘束しているノエル様の腕にそっと手を乗せる。
「ノエル様、そろそろ私も仕事に戻りますね。ノエル様のカッコいい姿はちゃんと見てますから!」
そういうとノエル様は渋々名残惜しげに解放してくれた。
「さて、ルーク様。ノエル様という強力な助っ人が手伝ってくれてるんですから、とにかく明日の資料をちゃんと目を通してください!」
「お前、随分と生意気になったな?」
「なってません!そんな事よりあと半日しかないんです早く目を通してしまってください!目を通しておかなきゃ明日の定例晩餐会までに覚えられる量じゃないですよ!これはルーク様のためですから!」
山積みになった資料の山に私は絶望しながらルーク様の前に持っていく。
「ああ、それはそれなりで適当で良いんだよ。俺らは報告聞くだけなんだから。定例会議に出る事に意味があるってやつだ。俺は戦闘専門。いざとなればルキがいるから大丈夫だろ」
そうは言うけど出る以上はちゃんと覚えなきゃダメでしょう!
ルキ様に丸投げなんてこの長男は何を考えているんだか。
正直これ半日で全部覚えるのなんて私には無理。たぶん数週間はかかるレベルの量なのだ。
それを半日で覚えろなんてルーク様に言うのも可哀想だけど、これだけ時間があったのに部屋の片隅に置きっぱなしにしていたルーク様が悪い。
いや、毎日見ていてルーク様から言われた通り隅に置いておいた私も悪いんだけど、ルーク様の態度からまさかそんな大事な資料だと思わなかったのだ。
「そんな訳ないじゃないですか!ルーク様がしっかりしてくれないと同行しなきゃいけない私やルキ様まで肩身が狭いじゃないですか」
必死でそういうとルーク様はやれやれと言った表情をし、そして何か思いついたように意地の悪い笑みを浮かべ口を開いた。
こんな時は悪い予感しかしない。
「そこまで言うなら、お前コレ音読しろ。俺は聞いたことは忘れないからな」
「ええっ……これを全部?」
またも軽く絶望する。
でも聞いたことを忘れないなら、明日まで音読し続けるのはできるけど。プレイしたゲーム内でも記憶力の高さからも活躍していた気はする。
ここはルーク様のため、私のために腹を括るしか無さそうだ。
徹夜か……でも徹夜しても全部読みきれるのだろうか。たぶん無理。でもやらないよりかはマシだよね……。
「……わかりました、それでルーク様が覚えられるなら徹夜で音読します!早速これから読みますね!」
全部読むと決めたからには一分一秒が惜しい。
手元にあった資料の一枚を手に取る。
「へぇ、それじゃ頑張れよ」
楽しそうに笑うルーク様に、なんでここで笑うのか理解に苦しみ私は抗議の意味を込めて睨む。
そうして覚悟を決めて最初の一行を口にした時だった。
「リイル、そんな事しなくても大丈夫だよ。ルークならそのくらいの量の資料覚えるくらいなら1時間あれば覚えられるから」
「ええっ!?」
私は弾かれたように顔を上げる。
そしていつの間にか近くに来ていたのか、私の持ってる資料をさっと取り上げるとそのままルーク様の机に叩きつけた。
「聞いたことを忘れないのも嘘じゃないけど、リイルがつきっきりで読んであげる方がだいぶ時間がかかるし……なんでルークに時間外まで尽くさなきゃいけないの、絶対に許さないから」
嘘が本当か分からないけれど、なかなか衝撃的なことを言われた気がする。
この量の資料を一時間で覚えられるって!?嘘でしょ!?
驚きのあまりルーク様を見やるとため息をついた。
「ノエル……お前いい加減にしろよ。俺が俺の下僕にどうしようがお前に関係ねぇだろ」
「何言ってるの、リイルはオレのだから」
驚きを隠せない私をよそに、またも二人で言い争いを始める。だから前回の二の舞になるなんてごめんだって言ってるのに!!
急いで二人の間に入る。
「ノエル様、落ち着いてください!それにルーク様!本当にそんな短時間でこれだけの量覚えられるんですか?」
「当たり前だろ、俺を誰だと思ってんだよ」
ふんと鼻を鳴らし自信満々に言うルーク様に私はがくりと膝をつく。
身体能力だけに関わらず、頭の作りも相当良いようで……。世の中ホント不公平だ。
「ああ、でもお前もそれ頭に入れとけよ」
「ええ!?私もですか!?」
いやいやだから無理ですよこんな量!
完全に自分に関係ないを決め込んでいたせいで余計に動揺してしまう。
「情報こそ弱者の最大の武器だってルキが言ってたっけ。まあ、別にお前の記憶力に期待はしてねぇから安心しろよ」
たしかに情報は武器だ。
私みたいな特に何も力を持たない人間でも、上手く使えば状況を好転させることもできる。それは三周目の今だから余計わかることだけど。
だけども!この量はやはりどう考えても普通の人間には無理ですよ!
「まあお前は俺の専属だから何かあっても俺が守ってやるよ」
「ありがとうございま――」
そう絶望している私に気を遣って声をかけてくれたのか、優しい言葉をかけてくれるルーク様にお礼を言おうと顔を上げて私は気が付いた。
この意地悪な笑みは、ただでは助けてくれないと確信した。
知らないのをいいことに、さっきみたいに遊ばれるに違いない。
この時私は決意した。
明日本番までにこれを頭に入れてやる!と。