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変な団体の勧誘は華麗にスルーします

モヤモヤとした気持ちで帰りの道を歩いていた。

あの子はちゃんとお屋敷に帰れたかな?

結局気になって彼の後を追って路地裏の少し奥まで行ってみたけれど、もうあの子の姿はもうなくて、あるのは薄暗い道が続くだけだった。


この先は今まで一度も行ったことはなかったんだよね。


いかにも何かでますと言わんばかりの空気感に小さく肩を震わせる。こんなヴァンパイアなんかが存在する世界だけどホラー系が全くダメで奥に進む勇気が湧いてこなかったのだ。

例えば、そこの井戸とかから何か出てきても怖いし。いかにもな井戸に視線を向けてサッと逸らす。


そうして引き返してきてしまった。


「はぁ……」


ごめんね、お姉ちゃんは恐怖に打ち勝つことができなかったよ。そっちにいるのかも怪しいところだったし。

そう言えばあの子の名前聞いてなかったな。


私がこのゲームをプレイしてる時は見かけなかった子だし、たぶん私みたいなサブキャラかモブなんだろうけど。

小さいながらにやけに整った顔立ちだったけど、三年後に成長してもそんなに中学生くらい?になるくらいだろうか。シークレットキャラ達もたしか情報としてだけ知っているのだけど、ヴァンパイアだった。


そして困ったことに私シークレットキャラは誰一人として攻略できていないのです!だから誰かも知らないのだ。

気分転換に時間あけてやろうはやっぱりダメだね……。


話を戻すと、あの子人間だしやっぱりお話に関係のないモブキャラではありそうだ。

今度会ったら嫌というほど構い倒してあげようと心に誓った。


そんな事を考えていた時だった。

角を曲がろうとしたその時、もう片方の影から出てきた男性とぶつかってしまった。


「すみません、お嬢さん怪我はなかったですか?」


「こちらこそ、ごめんなさい!前方不注意でした」


そっと差し出される手に、一瞬戸惑う。

そしてこの人見るからに貴族っぽいんだけど……。貴族相手にぶつかるなんて死刑ものなんじゃと冷や汗が流れる。


でもどうしてこんなところを貴族が歩いているのか不思議に思って見ると、心配そうに再び手を差し出されていた。


「やはりどこか痛めましたか?」


「いえ……ありがとうございます」


手を取りやすいようにすっと目の前に手を出されて、そのまま自然な形で手を乗せる。


「おや、専属の方だったんですね」


どうして分かったんだろうと不思議に思っていると、彼の視線は私の手の甲に向けられていた。そこには以前ノエル様につけられた専属の印があった。

ノエル様が誰が見てもわかるようにって言ってたけど、ルキ様からは知られない方がいいと言われている。


「あ……」


無意識に利き手を乗せてしまった自分を呪いたくなる。


「ということは主は近くにいるんですか?」


「ええっと……屋敷にいます」


「ふむ、専属を一人で外出させるなんて信じられませんね。もし関係が上手くいっていなければ私の所にいらっしゃい」


そういうと彼は、乗せられている私の手を握り私の瞳を探るように見つめた。すると何故だか思考の回転が鈍くなった気がした。


「貴女が、はいと望めば私が助けてあげますよ」


頷けばいい……の?

よく分からないまま一歩踏み出し口を開こうとした時だった。

山並みに食材を入れていたカゴの中のリンゴが一つ転がり落ちた。


「あ……!アップルパイが!」


何かに弾かれたようにリンゴを追いかけて拾う。

今日のメインディッシュが無くなってしまうのは、なにが何でも避けたい。

私が食べたかったってこともあるけれど、本当の目的は死亡ルートを回避してくれたルキ様にお礼として食べてもらいたかったのだ。でも四つならルーク様やノエル様にもあげてもいいんじゃないかと考えていた所だったのだ。


軽く払って傷んでいないのを確認して安堵しカゴの中に戻す。


「あ…突然ごめんなさい!せっかく気を遣ってくれたのに……。でも私、今のお屋敷で頑張って働こうって決めてるので」


にっこり笑いそう彼の目を見てそう言うと、少し面食らったような表情をし、そして彼はまた穏やかな笑みを浮かべた。


「そうですか、それは残念です。もし嫌気がさせばいつでも歓迎ですよ」


「お気遣いありがとうございます。それでは失礼します」


そう深々とお辞儀をして今度こそお屋敷にたどり着いたのだった。





✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎



「〜〜♪」


リンゴとバターの香ばしい香りが厨房中を包んでいる。なんと幸せな香りだろうか。胸いっぱいにこの幸せな香りを吸い込んで堪能する。

オーブンの窓から見える、良い具合に焼き目がついたアップルパイの様子からもうそろそろ取り出しても良さそうだ。


「ちょっと、お前こんな時間になにしてんの?なんか妙な匂いがするから寄ってみたらさ」


「あ!ルキ様ちょうど良い所に!これアップルパイなんですけど、今焼きたてで、食べてくれませんか?」


不機嫌そうな様子のルキ様に、私は構わずオーブンから出したアップパイを切り分けお皿に乗せて渡した。


「なにこれ?初めて見るけど」


怪しいものを見るように眺めたかと思うと顔を寄せて匂いを確かめている。


「これ毒とか入ってないだろうな。仕事でもなく他人にやる奴なんていないからね」


「これはアップルパイです!リンゴをパイ生地に包んで焼き上げた、う〜んスイーツのような物です!」


そう説明するけど、それでも一向に食べようとしない。

そういえばルキ様はなかなかに、というか異常に警戒心が高いんだった。それに、驚くことにこの世界にはアップルパイというものが存在しなかったのだ。だから余計に警戒心を持たれるわけで……。


一周目の時はルキ様がスイーツの虜になった後だから、簡単に食べてくれたんだけど。


「毒は入ってません!まだ信用に値するほど仲良くはないかもですけど……これはあの時助けてくれたことへのお礼なので受け取ってもらえたら嬉しいです」


そう言って私はルキ様の持っているお皿のアップルパイを、自分のフォークで一口切り分けてその場で食べてみせた。


「ん〜〜♪シャキシャキの甘いリンゴにそれを包むパイ生地!最高に美味しいです!見ての通り毒はないですよ?やっぱり気になるなら、また別のものにしますね」


動かないルキ様に私はもう一口貰おうとフォークを伸ばしたところで、守るようにさっとお皿を引かれた。


「何勝手に食べてんの、これオレのなんでしょ」


「食べてくれるんですか?それじゃあアップルパイに合う紅茶も入れるので、そこのテーブルで待っててくださいね!一緒に食べましょう!」


「紅茶?」


首を傾げるルキ様を横目に、私は急いで買い物カゴから紅茶の葉を出す。これ実はルキ様が好きだったやつだ。意外とルキ様はグルメで当時は好みの茶葉を探すのがとっても大変だったのが記憶に新しい。


だけど三周目となれば買える場所もバッチリ把握している。……まさかの薬屋さんなのだけど。

この世界には紅茶という概念がまるでないのだ。


こんな美味しいものを知らないなんて人生損をしてると思いますよ。


準備ができてセットを持っていく。大人しく待ってくれているルキ様に笑顔を向けるとため息を吐かれた。

が、私は気にしない!


「どうぞ召し上がってくださいね!紅茶にはお好みの分だけお砂糖を入れてください」


そっと大量の角砂糖を勧める。

大の甘党のルキ様はたぶん大量の砂糖を入れると思うからだ。

案の定、紅茶に一口口をつけると一瞬顔をしかめて砂糖をドバドバ入れだした。


そしてふたたび紅茶に口につけると一瞬だけ表情を輝かせた。私はその瞬間を見逃してませんよ!

以前は直接ルキ様と関わりがなかったからどんな様子かわからなかったんだけど、この様子だと結構気に入ってくれてたみたいで安堵する。


次に私が食べて見せたようにアップルパイを切り分け、そして一口口に入れた。


「どうですか……?」


「まあ、悪くないんじゃない?」


仏頂面でそういうルキ様だけど、口元が微かに緩んでいるのを見るとこれも気に入ってくれたようだ。

色々あったけど作ったかいがあってよかった。


「ふふっよかったです!」


「別に褒めてるわけじゃないからな」


その言葉に笑顔をお返した。

そしてアップルパイも食べ終わり幸福感に包まれていると、ルキ様は真剣な眼差しでこちらを見ていた。


「ええっと、何かありましたか?」


「お前、今日ヴァンパイアに接触した?」


「ええ?私が今日会った人は……お店の人とあと、同じような契約の印を付けた小さな男の子と……ああ!帰り間際に、とっても紳士な男性に会いました!」


そういうとルキ様は眉を潜める。


「親切な人で、ぶつかっても怒りもしないで助け起こしてくれたんです!良い人もいるんですね。関係が上手くいっていなければ私の所にいらっしゃいなんて言ってくれる人で。もちろんお断りしましたけど」


けどあの時リンゴに気を取られなかったら、あの時なんて返事をしていたんだろうとふと思った。


あったことを詳細に話すとルキ様は一つ大きなため息をついた。


「はぁ?それ明らかに不審者じゃん。よくお前無事で戻ってこれたね」


「たしかに変な団体の勧誘みたいですね。でも私そういうのは華麗にスルーすることができますから」


「そういうことじゃない!たまたま運が良かっただけだから調子に乗るなよ」


そういうとまたも盛大にため息を吐かれた。そして諦めたように私に視線を向ける。


「はぁ。今度から明るい時に街に出る時はオレを呼んで。本当は主であるアイツらの誰かが連れて行って欲しいんだけど!時間的にどうだか知らないし。どうせお前みたいな馬鹿が二度も同じ幸運に恵まれることなんてないだろうから」


「ええ!?いいんですか!?」


それはこちらとしても願ったり叶ったりな申し出だ。

一人で行くのも味気ないとは思ってはいたけど、誰かと一緒に買い物ができるなんて考えもしなかったのだ。

もちろんそんな意図で言ってるんじゃないのは分かってるのはいるのだけど、緩んだ頬が戻らない。


「仕方なくだからな!屋敷の下僕に何かあったら困るってだけで、お前だから、とかじゃないから!」


「はい!」


そう言ってルキ様はふんと視線を逸らし、立ち上がると扉に手をかけた。


「あ、そうそう。専属の仕事であいつらのところに行くならその前に入念に匂いを落としておいた方がいいよ。他のヴァンパイアの匂いでアイツら激怒するだろうし。また騒がれるのはごめんだから何とかしといてよ」


そう言うと今度こそルキ様は部屋から出て行ってしまった。


残された私はくんくんと自分の手を匂いを確認してみる。あの人の触れたところといえば、ここだけだとは思うのだけど、全く分からない。

むしろアップルパイの良い香りしかしないんだけど、ヴァンパイアはいったいどれだけ嗅覚がいいんだろう。とりあえずは言われた通りにもう一度シャワーは浴び直すけど。


不思議に思いながら私は後片付けを済ませたのだった。




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