弟キャラは可愛いがってあげたいです
「うう〜ん!やっぱり朝日って気持ちいいなぁ」
最近はめっきり夜型になっていたせいで余計に思う。
伸びをして胸いっぱいに朝の清々しい空気を吸い込む。眩しい朝日に目を細め私は街へ買い出しへ出かけていた。
目的はアップルパイを作るためだ。
あれって無性に食べたくなる時があるんだよね。
専属になると自由にできる時間といえば主であるヴァンパイアが休んでいる時間のみで、とにかく時間がない。起きている時間は全て勤務時間なのだ。
主の睡眠時間に合わせて自分も休息をとらなければならないし、何かしたいと思ってもその限られた短い時間でやりくりしなきゃいけなくなるのだ。
運悪く睡眠時間3時間しかない少ない主の専属になると正にブラック企業に勤めたようなものだ。
私の場合ルーク様もノエル様もだいたい夜型で明るいうちはお休みしているから普通だとは思う。
あのお屋敷でいうとルキ様だけはどちらかというと昼型の方だ。
よく話に聞くヴァンパイアは日の光は天敵だって言う説は、この世界ではそんなに気にされてはいない。
日光があろうがヴァンパイアも普通に生活できるし、全く支障がないと言うことはないのだけど、多少日光は煩わしいなと思われる程度らしい。
しばらく道なりに歩くと屋敷の並ぶ住宅街からお店がたくさんある活気のある通りに出た。
馬車も通っており、馬車は主に貴族のヴァンパイア達が使っている。人間の中でもで屋敷で買われている下僕の人間は、もちろんそんなものに乗れるわけもなく徒歩で地道に歩いて行かなければならない。馬車は人間も同じく貴族の者のみの乗り物なのだ。
私はお日様の光も大好きだし歩いていくのも好きだから特に苦に思ったことはないのだけど。
「さてまずはリンゴからですね〜♪」
屋敷から三十分程歩いて私はお目当のお店を発見する。
一周目の時はルキ様のお菓子作りに欠かせないフルーツをよくここで買っていて、かなりお世話になったのだ。
鼻歌まじりにフルーツ店へ足を運ぶと、馴染みのある元気なおばちゃんの声が聞こえてきた。
この声はリーダさんだ!
リーダさんは果物屋さんの店主で一周目二周目の時は買い物ついでに、雑談にお悩み相談まで色々面倒を見てもらったのだ。
「おはようございます!リンゴを3つください!」
嬉しさで思わず駆け寄って元気良すぎる声をかけると、リーダさんは驚いた表情を浮かべてそして豪快に笑った。うんうんこんな感じ!
「お嬢ちゃん、初めての顔だね。最近こっちに来たのかい?」
「あ…はい!最近こっちのお屋敷にやってきて。リイルと言います。またいっぱい買いに来るので、これからどうぞよろしくお願いします!」
三周目の私にとって私には顔馴染みでも、リーダさんにとってはこれが初めての出会いで。
全部なかったことになって忘れられることに悲しく思う。もうこれを繰り返したくない。
となるとやはり死亡ルート回避して寿命を全うするしかない。
まあ四周目が確定していない今、やはり死亡ルート回避はこの世界を生き抜く上で最重要事項だ。
三度目を迎えやり直したぶん知識だけは無駄に増えていってるんだから、これを上手く活用していかなければ。
「リイルー戻っておいでー急に百面相しだすなんて面白い娘だね。私はリーダだよ、これは一個サービスしとくよ。今後もご贔屓にね!」
「わぁ!ありがとうございます!」
そう豪快に笑うリーダさんからリンゴを四つ買い物カゴに入れてもらった。
「他にも買い物に行くのかい?初めてならここら辺は広くて分からないんじゃない?」
「それは大丈夫です!しっかり頭に地図が入ってます!」
自信満々にそう言うとまたも豪快に笑われた。
「それじゃ安心だね、色々教えてくれるいいとこの屋敷に勤められたんだね」
そういうリーダさんに私は苦笑する。
違うんです、三回目だから知ってるだけなんです。とは言えないので、そういうことにしておこう。
そしてリンゴを確保した私は残りの材料も無事に買え、あとは帰るのみとなった。その途中で不定期にしか売られていない限定クッキーも実は買えてしまったりしちゃった訳ですよ。
「ふふふっ」
なんだか今日はついてるなぁと思っていたら、ふと細い路地の影に小学生くらいに見える男の子が膝を抱えて丸くなっているのが見えた。
どうしたんだろう?迷子かな?
思わず駆け寄ると、男の子はゆっくり顔を上げる。
深い紺色の髪色と金色の瞳が印象的な、少し幼さが残る整った顔立ちの男の子だ。
「君、こんなところでどうしたの?迷子?」
「いいや、少し休んでいただけだ」
やけに大人びた口調で首を振る少年。
「もしかして体調悪いの?」
「……いや、大丈夫だ」
歯切れが悪くそう呟いて視線を落とす少年の首に私と同じような契約の印が見えた。こんな小さいのにこの子も専属なのかな。という事は吸血後の貧血なのかな。
それなら確かに休むのが一番いいかも。
「そっか君の主は近くにいないの?」
「主?……ああ、主か。もう少ししたら迎えにくると思う」
「それじゃあ君のお迎えが来るまで私もここで待ってるね、専属が一人でいるのは危ないって私聞いたから。私みたいな大人ならまだしも、こんな小さい子が一人って絶対危ないと思うの!お姉ちゃんに任せて!お姉ちゃんって呼んでいいよ!」
こんな可愛い弟がいたらいいなぁと何度思ったことか。むしろお姉ちゃんと呼んで欲しいという邪な願望がダダ漏れてしまう。
「お姉ちゃんって……お前俺より年下だろ?」
「ふふふっおませさんですね」
「……今はこんなだが本来はお前より背も高いし歳も上だ」
「そうですね〜あと10年あれば身長抜かされるかもしれませんね」
小さい子が大人に見られたいっていう、あの可愛いアピールに見てて微笑ましく癒されてしまう。
そう!この世界には癒しが全然ないのよ!
あのお屋敷には俺様だのヤンデレだのツンデレだのキツイ性格の方ばかりのせいで、こういった可愛い癒しにここぞとばかりに甘やかしてあげたくなってしまう。
不満そうに眉を寄せる少年に癒されていると、よく見るとこの子膝を擦りむいているようだ。
「君、膝怪我してたの!?」
「こんなの怪我のうちに入らないから気にしなくていい」
この表情は本当になんとも思ってないような感じはするけど。
「ダメだよ?こういうの放っておくと大事になるんだから。うーん、ヴァンパイアなら血を飲むだけで治るけど人間はそういうわけにもいかないもんね……」
「いや、本当に――」
そういえばと、私はポケットの中に絆創膏があるのを思い出した。実はよく私もドジをして擦りむいたり切ったりする事が結構あるのだ。
「あった絆創膏!ふふふっこれは私の女子力勝ちということにしときましょう」
「じょしりょく?」
「ごめんね、なんでもないです。それより動かないでね?」
そう言って少年の膝に丁寧に絆創膏を貼る。
少年は不思議そうにその様子をじっと見つめていた。
「はい、出来上がり。あとは、帰ったらちゃんとお屋敷の人に消毒してもらってね?」
そういうと男の子は大人しく頷いた。
「迎えが来たようだな、お前こそ一人でふらふらするなよ。忠告だが、たぶんこの辺りは物騒になる。気を付けろよ」
突然立ち上がったかと思うと、路地裏奥に足を進める。
「待って!奥に小さい子一人で行くのは危ないよ。私も――」
手を伸ばそうとするが、その手前で避けられてしまう。
「なんかすごく言われたがってたみたいだから、礼に一度だけ言ってやるよ。ありがとう……さよなら、お姉ちゃん」
そういうとそのまま路地裏の闇に消えていってしまった。
少し寂しそうな笑みが印象的な少年との出会いだった。