死亡ルート回避には諦めも肝心です
「リイル、オレはルークみたいな悪趣味で恥ずかしがる服を着せて外に出すなんてしないから安心して?」
そう言うとノエル様は私から離れ、クローゼットの中をゴソゴソと探しだした。
専属の仕事をしにノエル様の部屋へ行くと、早々にノエル様に捕まり昨日のあった出来事を最初から最後まで話をさせられた。とにかく詳細に、一つ一つあった事から会った人まで丁寧に慎重に。
ここまで詳細に丁寧に話すのには訳があって、以前このゲームでノエル様ルートをやっていた時に、似たような会話で選択肢として“要点をまとめてかいつまんで話す”と“時間をかけて詳細に話をする”があって、かいつまんで話す選択肢を選んでバッドエンドに直行したのを覚えていたからだ。
ここでもバッドエンドに行くのかは分からないけれど、試してみる勇気も無く今に至っているのだ。
それを全て聞き終わるとノエル様は満足そうに笑って冒頭に至っている。
たぶんバッドエンドは回避されたっぽい。
心の中で小さく安堵のため息を吐く。
ノエル様に聞くと、どうやら主が専属に服を与えるのは当然のことらしく、与えられる服はヴァンパイアによって様々なのらしい。
屋敷のメイドとして働いていた時とほぼ同じような普通のメイド服をもらう専属もいれば、布面積のかなり少ない服を着させられる専属もいるらしい。
この世界において専属になれる事は栄誉な事だって認識らしいけど、そんな主を持って果たしてそれでも本当に良いものなのかは考えものだ。
ようは主の趣味全開ということですか……
昨日の私が着ていた服はまだ全然普通の方だったってノエル様は言っていたけど、あれで普通なのかと常識の違いに絶望する。
というより、ノエル様は私がどんな服を着てたかなんで知ってるんだろう?昨日はノエル様に会ってないよね?どこかでちらっと見えたのかな。
なんとなく知りたくなくて、あえて気にしない事にしとくけれど。
「リイルにはこれが一番似合うよ」
その手にあったのは黒を基調としたふんわりしたワンピースドレスで、やはり肩まわりは肌が露出している。ドレスだから別に不自然というわけではないんだけど、このドレスで仕事するにはちょっとなぁ…というのが感想ではある。掃除なんて汚さないように気をつけないといけなくて逆にやりにくいだろうな……。
「これに着替えてきてね」
そう言われて促されるまま隣の部屋に押し込まれる。
改めて着てみるとやっぱり同じ感想で、昨日のメイド服よりかは良いんだけどドレスはなぁと。
きらびやかなドレスではないんだけど、ふんわりボリュームのあるスカートも可愛いんだけど、お仕事する上ではやっぱり何かが違うと頭を抱える。
これ汚したら私に弁償できる額なのだろうか……。
そんなことを考えていると扉ををノックする音が響いた。
「リイル、入るよ」
「の、ノエル様!?」
「物音が無くなったから着替え終わったと思ったら正解だった、見立て通りこれが一番だったね」
返事も待たずに突然開いた扉に驚く私に気にもとめず、そのままぎゅっと抱きしめられる。
そして離したと思うとカチッという音とともに首に違和感が残った。
「やっぱりリイルには首輪が似合うね、これで誰が見てもオレのリイルだ」
ふふっと嬉しそうに私の首に付いているものに触れるノエル様に、私は首に付いているものを鏡に写して見てみるとドレスと同じ黒の綺麗な首輪が首元で主張していた。
外してと言ったところで聞いてくれなさそうだからもう気にしないことにする。
それにしてもちょいちょいノエル様から怖い言葉が出てくるんだけど。
そこは突っ込んだら突っ込んだだけ沼にハマりそうで聞けない。
「ええっと、ノエル様……このドレス、仕事するにはむかなさそうというか、なんといいますか……」
「そう?オレはそのままでも大丈夫だけど」
「こんな高そうなドレスを汚すのは……」
あとで馬鹿みたいなお金請求でもされたらたまったものじゃない。昨日の俺様ドSぷりが思い出される。まあどっかの長男ならからかう為の口実にする可能性はあるかもしれないけど、ノエル様に限ってそんな事はしないか。
変に深読みしすぎた。
「オレはリイルの汚れは気にならないからいいよ」
そういうと私を引き寄せる。
「そんなに気になるなら脱がせてあげるよ、生まれたままの姿で誠心誠意オレに尽くしたいなんてリイルは本当に可愛いね」
背中のドレスのチャックに手をかけられ、私は急いでノエル様の手から逃げる。脱がせるってなに!?
ちょっと待って、なんでまたこうなるの!?絶対話が噛み合ってない気がする。
「もちろんノエル様には誠心誠意尽くしたいと思ってます!でも動きやすい服じゃないと掃除すらも出来ないので!」
そいうとノエル様は心底不思議そうな表情をする。
「掃除なんてリイルがする必要ないよ、屋敷の人間がするんだから」
「え?じゃあ私どんな仕事を何をしたらいいんですか?」
「リイルはオレの側にいてくれるだけでいいよ。オレの専属食料なんだから」
いやいやいや、それは絶対おかしいですよ!
ノエル様がお腹空いた時に血を吸われるだけで、あとは何もしないってホントにどんな拷問だ。
まだなんだかんだで色々仕事を押し付けてくるルーク様の方がマシなようにすら思えてくる。
なんと言えば通るか必死で考える。
「ノエル様、私誠心誠意ノエル様に尽くしたいと思ってるんです!だからノエル様のことはなんでもしたいと思ってます!ノエル様のお部屋の掃除も身の回りの事も私がしたいのです」
一人でどこまでできるかは分からないけど、このままじゃ毎日が終わってしまう。死にはしないけど、これはもうある意味バッドエンドだ。
必死でそう伝えると、ノエル様は少し考える素振りを見せる。
「わかった。他の下僕に部屋に入られるのも嫌だったし、リイルにお願いするよ。屋敷の下僕にも今後一切部屋に入らないでって言っておくから」
その一言に安堵する。
これで私の大事なお仕事が守られたし、これから頑張ろうと気合いを入れ直す。
「これでここは誰からの邪魔も入らないオレとリイルだけの部屋になるね。リイルもオレのためにそれを望んでくれるなんて嬉しいな」
ふふっと笑うノエル様に一抹の不安が過ぎる。
よく思うと今後誰も入ってこれないなんて、逆に危険なんじゃ……。あの死亡ルートを多数持ってるノエル様相手に助けも呼べないなんて寧ろ自分で自分の首を絞めたことに今更ながら気付く。
ここでやめるなんてバッドエンド直行が目に見えてる状況で口が裂けても言えないし、もうポジティブに行くしかない。
「が、頑張ります!ノエル様のために!」
自分に暗示をかけるようにグッと前で握り拳を作る。
すると嬉しそうに笑ったノエル様は、私の手をとって自らのベッドへ足を進めそこに座るように勧めた。
「ちょっと喉が渇いたから、リイルおいで」
言われるがまま座るとノエル様から優しく押し倒される。そして首筋に顔を寄せたところで止まった。
「首輪を付けたせいで印が少し隠れちゃったね。オレのだって印は誰が見てもわかる場所にないと」
その言葉を不思議に思っているとノエル様は私の手をとった。
「ここなら何があっても隠れないし、周りの奴に見せつけられるね」
そういうとノエル様は私の手の甲に唇を寄せるとそのまま舌を這わす。すると手の甲から痺れる感覚が広がる。そのまま軽く牙を立てられる。
「……っ」
「痛かった?でもほら、ここにちゃんとオレの印ができた」
そう言われて手の甲を見ると首筋にあったノエル様の薔薇の印が右の手の甲に刻印されていた。
「オレのなのにリイルの身体に一箇所しか刻印出来ないのが残念だよ」
そういうと首筋に舌を這わせた。
その瞬間また痺れるような感覚が首筋から全身に広がっていく。
何度も執拗に舐められて過剰に反応してしまう身体に、恥ずかしくなり顔に熱が上がる。
「ノエル様……っ!」
「可愛いリイル、早く吸って欲しかった?」
そうふふっと笑われ、どう反応するのか迷って困ったように笑顔を向ける。
私のここ何回かで思ったことは、あまり答えたくないとか、答えが分からないときは無理して答えなくても、良くも悪くもノエル様は自分の都合の良いように取ってくれることが多いようだ。
「ふふっ可愛いね」
ホントに良くも悪くもだ。
もう今はそれでいいやと、諦めて私は大人しく血を差し出すのだった。