ツンデレは優しさと愛情でできてます
ルキ様の後を追っていくと着いた場所は、先程の場所から少し離れた一部屋だった。
というか本当に少し先なだけだった。
正確には同じ階の一番角の部屋で地響きやらが聞こえるほどの近さなんだけど……。
ここ本当に大丈夫なんだろうか。
「はぁ。しばらくこの調子だろうから、そこ座ったら。あ、ここはオレの部屋で特殊空間だから壊れる心配は一応ないから」
そわそわと落ち着きなくしている私に気付いてか、近くの椅子を勧めて説明してくれた。
普通の事なんだけど、どうにもここの環境が普通じゃなさすぎてこんな些細なことにとても感動してしまう。
「ルキ様はとっても優しいんですね」
思わずでた本音にルキ様はそっぽ向いてしまう。
表情はわからないけど耳が赤くなってるのを見ると、照れてるんだろうなって微笑ましくなる。
「別にお前に優しくした覚えはないんだけど!
てかさ、お前なんでアイツ等にあんなに執着されてんの?」
「……なんででしょうね??」
「はあ?さすがに何かあったでしょ。何もせずにってさ普通にありえなくない?」
たしかに普通に考えれば有り得ない。
一生懸命思い返してみるも、これといって決定的な何かがあるわけでもなく。
「あえていうなら、ルーク様に他の貴族のお嬢様の血をお勧めしたことと、ノエル様に関してはたまたま目があったことくらいしか変わったことはなかったんですけど……」
この二つは私がこの三周目で自分で変えたことと、今までと変わっていたことであって、これは多分他人に言っても事情を知らなければ分からないことだろう。
案の定ルキ様は呆れた表情でため息をついている。
「まあルークに関しては遊んでんだろうで片付けられるけど、他人に全く興味なしのノエルがそこまでお前を気に入ってるのがわかんないんだよね。
昨日は突然部屋に押しかけてきたと思ったらリイルに指一本触れるな、みたいなこと言ってすぐ戻るし。逆にどんな聖女かと思って文句ついでに成り行きをみてたら、修羅場になって助けなきゃ死んでたただの阿保だったし。はぁ」
散々な言われようだけど、助けてくれたことには変わりない。
「ルキ様には本当に感謝してます。私ホントにここで死ぬんだって思ってました」
「あっそ、オレはお前が死のうが生きようがどうでも良いけど。今回は目の前で死なれると後味悪いから助けたけど、今後はオレに関わらないでよ。一緒にいるところをアイツらに見られて厄介ごとに巻き込まれるのはごめんだからね」
そういうとルキ様は近場の本を手に取り少し離れた椅子に腰掛けた。
同い年だしやっとまともに話せる人が出来たのにと肩を落とす。が、よくよく考えるとそういうことか。
「わかりました!ルーク様とノエル様がいない時にお喋りに行きますね!」
「はぁ。お前の頭お花畑なんじゃないの?関わるなっていったんだけど」
不機嫌そうに顔を上げるルキは様に、私はそっと身を乗り出して手元の本に目を向ける。
「あ、お菓子のレシピ本ですか。マドレーヌ…ルキ様は甘いものが好きでしたよね」
そういえば一周目二周目で大量にお菓子を作らされて、これ誰が食べるんだろうと思ってたらルキ様に渡されていた記憶がある。相当な数と量を作らされて私のお菓子作りスキルがだいぶ上がったのがいい思い出だ。
「べ、別に好きじゃないけど!?誰がそんなデマ情報流したんだよ!」
誰がと言われて言葉に詰まる。
マズい墓穴を掘った。私の記憶が正しければルキ様がお菓子好きになるのはもう少し後だったような気がしないでもない。でもこの反応、好きは好きなのかな?
とそんなこと考えてる場合じゃない。
何とかして話を逸らさなければ!
「私、お菓子作り得意なんです!大好きなんです!一日中でも作りたいくらい大好きなんです!だから、今日助けてくれたお礼に食べて欲しいなぁ……なんて」
かなり苦しい言い訳っぽくなっちゃったけど、やっぱり厳しいか。砕けそうな心を必死で奮い立たせてルキ様の様子を伺う。
「だめ、ですか……?」
そういうとルキ様は諦めたようにため息を一つ吐く。
「ああもう、わかった。気が向いたら食べてあげるよ」
「えへへありがとうございます!」
なんだかんだで優しいルキ様に思わず笑みが溢れる。
なんかこういうのいいなって思う。
ふと鏡に映った自分の首筋から少しのぞくノエル様の専属の印が目に留まった。反対側を向くとこちらにも同じく薔薇の印が見える。
「ルキ様、専属って何人もなれるものなんですか?この印ってどっちも専属の印なんですよね?」
不思議に思ってルキ様に見せると、ああそれかと小さくつぶやいた。
「オレ達ヴァンパイアは専属を何人持っても構わないけど、お前達の場合は普通は1人にしかなれない。専属になった奴をつきっきりで世話するわけだから、そもそも複数人の専属なんて無理でしょ。普通は契約する時に弾かれるから複数人なんてできないはずなんだけど」
「確かにそうですね、それじゃあどうして私こうなっちゃったんでしょう?」
「さあ?オレの予想だけど、お前ってこの屋敷での食料兼下僕として買われただろ。元が個人じゃないなら、この屋敷の主人であるオレ達が一まとめにされてるからなんじゃない?」
「なるほど。それじゃあルキ様の専属にもなれるんですか?」
「たぶんなれると思うけど」
そういうと手に持っていた本を閉じ軽く閉じる。
それならルキ様に専属にしてもらいたいなって心底思う。
たしかにその理屈ならルキ様だってなれるし、なによりルキ様があの二人より安心安全であると私が確信しているから。
ルキ様の専属になれば仕事をしつつ安全なルキ様の部屋に入り浸れば全て解決だ。
してくれないかな、って期待を込めたルキ様を見つめる。
「あのさ、言っておくけどオレには専属とか必要ないから。別にいなくても困ったこともないし、四六時中付き纏われるのもごめんだし、何よりアイツ等と関わりたくないから」
お願いしようとした矢先に、先回りして容赦なくボキボキとフラグを折っていかれる。
「うぅ…まだ何も言ってないし、言う前だったのに酷いです……」
「はぁ。本来なら専属は一人しかつけないし、同時につけない理由があるんだよ」
そんなのがあるなんて初耳だ。
ゲームの中じゃそこ等へんの話なんて一切なかったし、そもそも同時に専属とかそんなルートなんてもちろんなかった。
ローズと個別ルートに入っても基本その二人で話が進むか、大団円で誰とも専属にならないエンドしかなかったはずだ。
そんな裏設定があったとは。
「さっきのあれでわかったように、専属にすると、ていうか専属にする程だし相当気に入って専属にしてんのに他の奴と共有とかあり得ないでしょ。
ヴァンパイアは人間に比べてかなり独占欲が強いんだよ。だからアイツ等相当のストレスになってんじゃない?馬鹿だよね、ホント。適度にストレス解消させたほうがいいよ」
ストレス解消って何?
遊んであげる??スポーツとか??
テニスとかをしている様子が全く目に浮かばない。
「私、何すればいいんですか?」
「普通に専属としての仕事をすればいいんじゃない?身の回りの世話やら、望むことしてやっとけば満足するでしょたぶん」
通常業務と個人に合わせろってことかな?
あまりよくわからなかったけれど頷く。
「だからこれ以上専属増やしてどうすんのさ。あんな奴らだけでも過労で死ぬと思うんだけど。人間って軟弱だからすぐ死ぬんでしょ」
うなだれる私に、ルキ様は大きなため息を一つ吐いて続けた。
「あとはまあ、能天気阿保なお前に忠告してあげるけど、アイツ等と契約している以上、ホイホイ他領のヴァンパイアと関わるのは控えておいた方がいいよ。他の奴の食料ほど美味しいものはないってクズが沢山いるからね。まあ実際ランクが上がるわけだから極上なのも事実だけど」
そろそろ私の頭でも処理できない容量になってくる。思ったよりも情報量が多くて整理するにも時間がかかりそうだ。
「その中で恐縮なんですけど、やっぱりルキ様は専属――」
「オレは絶対嫌だから諦めなよ」
バッサリと断られる。
最初の嫌がり方からしてダメだとは思ってたけど!
決して複数欲しいとかではないんだけど、なんだかんだで優しいルキ様が専属にしてくれるとかなり安心なのにと、しばらくこの攻防が続き、私がルキ様から部屋を追い出される頃にはルーク様とノエル様の闘争も終わっていたのだった。