ヤンデレ次男に勘違いされました
ルーク様の吸血を避けることができた翌日、私は次男ノエル様の食事の準備をしにいく事になった。
ノエル様も攻略対象キャラで、私より一つ年上の17歳でゲームをプレイする中でトラウマを植え付けられた人物でもある。
私が主人公としてプレイしている中で初めの会話があるのだけど、たしかそこで最初の選択肢を失敗し早々にノエルに殺されるエンドを迎えたのだ。
あの時のショックは当時の私には相当心に刺さって、一週間ほどゲームから離れてしまう程だった。
キャラ設定としては主人公ローズを執着束縛するヤンデレ次男で、上手く回避できれば死なずに幸せハッピーエンドを迎えられるキャラのはずだ。
とはいえサブキャラへと転生した私は別に主人公ではないし、とくに殺されたり執着される懸念もない。
現に前回まではこの接触も何事もなく終了したし心配はないか。
小さく一呼吸おく。
「失礼します。ノエル様、お食事の準備をいたします」
そう言って部屋に入ると、ルーク様と同じ銀色の美しい髪を揺らし、ノエル様は読んでいた本からこちらに視線を向けた。ぱちっと視線が合う。
ここまでは前回までと全く変わりがない。
……変わりない?
いやいや、そんなはずない。
ノエル様が他人に興味を持つことがまずないのだ。
前回までは私がノエル様の部屋に入っても完全に無視状態で、顔を上げて目が合うなんてことがまずなかった。
「えっと、さっそく準備をしますね」
戸惑いつつも、一人分の食事の準備をする為に作業を始める。この準備自体は三度目ということでもう慣れたものだ。
他の兄弟は揃って食事をするのだけど、ノエル様だけは引きこもりがちなので彼の部屋で個別に用意してあげなければならないのだ。
余計なアクシデントが起こる前にさっさとこの部屋を出よう。
手際良くお皿を並べ終え、一礼しようとした時だった。
「ひぃっ!?」
「…………」
準備を終え振り返ったすぐ側にノエル様の赤く美しい瞳にとらわれる。
いつの間にかノエル様が背後に立っていた事に内心ドキドキしながら少しずつ後退し距離をとる。
「ルークがお前を専属の食料にしたって言ってたけど本当?」
「ええ?私がですか?違いますよ」
突然掴まれた腕の痛みに少し顔を歪ませる。
どうしてこうなったのか見当もつかない。
たぶんノエル様が勘違いしているんだろうけど……どうして私がルーク様専属食料にならなきゃいけないんだか。
危うくそうなりそうにはなったけれど、なんとか乗り切ったはずだ。
「お前はリイルじゃないの?」
「私がリイルです…」
そういうとノエル様は私の腕を掴んでいる力を強める。
「っ……」
痛いです!!ノエル様!!
叫びたい衝動に駆られて言葉を飲み込む。
たぶんこれは余計なこと言ったら死亡ルート直行だ。
振り解いて逃げたいところだけど、このゲームに限ってはたぶんダメなのだ。
言い切れないのは普通にプレイしててもクリアできなかったから、私は攻略サイトを見て選択肢の意味もわからず連打していたからで。
「お前がリイルなら、なんで嘘つくの?」
「嘘なんて、ついてません」
あまりの痛さにノエル様の手の中から腕を振り解き距離をとる。
じわじわと血が通っていく腕の感覚にホッする。
命の危機もそうなのだけどノエル様は力加減というものを知らないのが困ったものだ。
これから三年間これに悩まされることを思うとどっと疲れが押し寄せる。
ホッとするのも束の間、視界が反転したと思えば気付けば私はノエル様のベッドの上に仰向けに倒されていた。
「なんでオレから逃げるの?やましいことがあるからだよね」
次は両手を覆いかぶさったノエル様に上から押さえつけられ、いよいよ逃げられなくなる。
「やましい事なんて一つもないです!」
やましい事ってなに?嘘ついてると思われてる?
訳もわからずにそういうけど、全く聞いてないようで私の腕を頭の上で束ねられ、ノエル様の空いた片手で胸元のボタンに手をかける。
「嘘ついてるかついてないかは見ればわかる」
そう言ってノエル様は襟元をはだけさせると、そのままま首筋に顔を寄せた。
ふっとかかるノエル様の吐息にくすぐったさを感じ、身をよじる。
「ノエ…ル、様!くすぐったいです」
私の言葉には気にする事をせず、何かを探すようにそのままペタペタと首筋を触り続けた。
こんな展開誰が予想しただろうか。たぶん私の選択からのルーク様のせいだろうけど、私の知っている未来とだいぶ変わってきているらしい。
「たしかに嘘はついてないみたいだね。専属食料の印は付いてなかった」
そういって拘束の力を緩めるノエル様に私は安堵のため息をつく。
そりゃそうでしょうよ。
あれだけ必死で回避したんだから、むしろそうなってる方が怖い。
「でも、なんで嘘ついてないのにオレから逃げたの?」
「っ……」
再び手に力がこもり顔をしかめる。
なんで逃げるかってそれですよそれ!
拘束されている腕が痛すぎるからですよ!
と言ってしまいたいけれど、言葉が出ない。
このノエル様に関してはゲームで私は即死ルートばかりにハマっていたせいで、現状話す勇気すらでない。
彼のことが理解できていないせいで、何が地雷なのかもわからないし迂闊に言葉にするのを躊躇われる。
しばらくの沈黙のあと、それを破ったのはノエル様だった。
「ああ、そっか。オレと話すのに緊張した?じっとオレの事見てたもんね」
ノエル様はふっと笑うと私の首筋をペロリと舐めた。
くすぐったいような、ひりっとするような妙な感覚に驚いて小さく声を上げるとノエル様は嬉しそうに笑みを浮かべた。
「可愛いよ、リイル。そんなにオレが好きならオレだけの食料にしてあげる」
ノエル様にとって見つめるだけで好意を抱いたと思われるのかと、そのぶっ飛んだ言動と思い込みに私は心の中で頭を抱える。
ちょっと待って、ホントなんでこうなるの…!!
そう言ってノエル様の整った顔が近づいてくる。
「ノエル様!待ってください!!」
思わず声を上げると、ノエル様は不思議そうにその赤い瞳で私を見つめる。
「なに?」
その瞳は何か効果があるのだろうか、見つめられているだけで心が捕らえられそうな、身を委ねたくなるような、普通の状態なら絶対落ちてただろうと視線を外す。
とにかく専属とかごめんだ。三年後にはローズがやってくるというのに、ローズのノエル様ルートを塞いだとならば恐らくその先に待ち受けるのは、またも死亡バッドエンドじゃなかろうか。
必死で回避口実を探すもノエル様に刺さる口実が何かさっぱりわからない。
必死で考えている私をよそに、再びノエル様は首筋に顔を寄せて舌を這わす。
「っ……ノエル様!」
舌で舐められた場所から甘く痺れる感覚が全身に伝わる。
さっきも思ったけど吸血の時って舐めたりするのだろうか。今まではそのまますぐに吸血だったはずだ。
はじめての感覚に怖くなり逃げようとするも、がっちりと掴まれたノエル様の腕からは逃れようがない。
「心配しないでリイル。痛くしないから」
いや、そういう事じゃないんです!
そういうこともちょっとあったけど、大きな心配はそこじゃないんです……
考えても考えてもいい案が出ずに渋々ルーク様と同じ回避方法をとるしかない。効果があれば良いのだけど。
「ノエル様、私の血は不味いと評判で……専属にされると毎日地獄のようなお食事になると思いますよ……?」
お願い効果あって!と願いながら、恐る恐るノエル様を見る。
ノエル様の機嫌を損ねないように、決して私がノエル様の専属が嫌な訳ではないということが伝わればいいんだけど……。
そしてこれで毎日不味い食事は嫌だってなってくれたら儲けものだ。
「そんなにオレのこと考えてくれてるんだね。本当にリイルは可愛いね。このままオレのになるんだから、ここに閉じ込めておこうかな」
大事なものに触れるかのように私の頬から首筋へと指を滑らせる。
「いいよ、どんな味だろうとオレはリイルの血だけで」
「待ってください!私、予言します!!これから三年後くらいには最上級の味の、しかもとっても可愛い女の子がやってきます。その時絶対にその子を専属にしたくなりますから今はやめておくべきだと思います!」
先の未来を教えちゃうのはどうかと思うけど、こうでもしないとお先真っ暗ルート直行なのは目に見えてる。
「そこまで考えなくてもいいよ。専属を複数人持つヴァンパイアもいるけど、オレは複数専属なんていらない。オレにはリイルがいるし、リイルにはオレだけいればいい」
その言葉に私は少し安堵する。専属を複数人持つのはオッケーなんだ。それなら私がいようが空気のようにしていれば専属に関しては何も問題はないのか。
本人はああ言ってるけど、ローズが誰を選ぶかなんてわからないしね。とりあえずは抜け道があることを知って安心した。
最悪このルートに進まないように計画を立てなきゃいけないかとそこまで考えていたのが消えてよかった。
「それじゃあ専属契約するから、力を抜いてオレを受け入れて」
そういうと再び首筋に舌を這わし優しく口付け、甘く痺れた場所にノエル様の牙が立てられた。
あの痛みを想像して固く目を瞑っていたけれど、何故か痛みはそれほどない。
身体から血液が波打つようにノエル様へ流れていっているのが自分でもわかる。全身が痺れるように怠く、だけど甘いとろけるような感覚に頭が真っ白になりそうだ。
しばらく何も考えられずされるがまま身を任せていたら、束ねられていた腕が自由になった。
「これでオレだけのリイルだ」
貧血のせいだろう。ベッドの上でぐったりしている私を抱き起こしてノエル様は抱きしめる。
「ノエル、様……?」
「リイル見てごらん、これがオレのリイルである印だよ」
未だにぐったりしてノエル様に横抱きにされた私は、促されるままに鏡の前に映し出される自分を見る。
先程吸血した首筋には薔薇の印が浮かび上がっている。
これが専属の印なんだろうか。薔薇の模様が本当に綺麗でぼっと見つめる。そういえばこのゲームの名前にも薔薇があったなとか考えてしまう。
「リイルの血はすごく甘かったよ、可愛いオレのリイル」
再びベッドに座らせられるとそのまま押し倒され首筋の印にまた舌を這わせられる。再び全身の痺れる甘い感覚が広がり脳の思考までも止まってしまうのだった。